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愛しのヤクザ
第十六章 逆転
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ぞーと心の中で思った。

 10分を過ぎた頃、ドアが開き鎌田が出てきた。ドアを開けたまま深く腰を折って挨拶している。相沢が近づいてゆくと下を向いたまま、ちょこっと頭を下げてすれちがった。
 ドアを開け「失礼します」と声を掛けて中に入った。山本は相沢に一瞥を与えたが、忙しく出掛ける準備に余念がない。大きな鞄に書類を詰め込み、抽出(ひきだし)を開けて中をがさごそと探っている。相沢のことは全く無視である。
 ようやく準備が整うと、どっかりと椅子に腰掛けた。そして初めて相沢に気付いたような顔をして口を開いた。
「おやまあ、相沢課長さまのお出ましかい。風呂の掃除でもしてりゃあいいのに、本部に何の用かね」
「用事を作ったのはそっちではありませんか。石塚調理長に同行して来たんです。それなのに肝心な方がお二人とも来ていない。どうしたんですか、首を宣告する手はずは整っていたんでしょう?」
「まったく、お主も役者やのう。てっきり本当のことかとおもったよ。あやうくお前の罠に嵌るところだった。かつてヤクザだっただと、若気のいたりで入れ墨をしただと、ふざけやがって、ぜんぶ嘘じゃないか」
「えっ、何のことですか?さっぱり分かりませんが」
山本は顔を一瞬のうちに充血させた。そして怒鳴った。
「ふざけるな、お前のおかげで俺は大恥をかいた。安藤常務もだ。これで終わると思うな。いいか、良く聞け。常務が俺の上司である限り、これからも俺はお前の上司だ。いいか、覚えておけよ、この仇は絶対にとる」
「部長、部長はいつも本質を見誤るタイプの人間ですよね。内村さんのことも、家庭用のシンクであの大量の食器を処理できると思ったことも、20メートルある厨房と宴会場に中継点がいらないと言ったこともみんな見誤っていました」
山本は白目が飛び出すのではと思えるほど目を剥きだして怒りに燃える。
「だから、部長って、お笑いぐさですよ、みんなの。最後まで、内村さんが入れ墨していると頑張ってくれたら、山本部長らしくて、お笑いぐさでよかったのに、残念です」
山本は怒鳴る寸前だった。しかし、しばらく下を向いて何かぶつぶつと呟いていた。そして顔を上げたときには薄笑いを浮かべ、相沢に哀れむような眼差しを向けた。
「とうとう牙を剥きだしたってわけだ。それがお前の本性だってことは常務も俺もとっくに分かっていた。常務に逆らったキャンペーン会議の後だ、常務が言った。相沢を新事業の課長にすると。そして潰せと指示した。さっきも、常務はお前を力でねじ伏せてやるとおっしゃっていた。覚悟しろよ」
こう言って立ち上がると、相沢を指さし睨み付けながらその手を上下にゆする。相沢も負
けじと睨み返し、一歩前に出る。思った通り、山本は後じさりして、ふんと鼻を鳴らして、歩き出した。小さな背に大きなバッグを肩から提げて歩いてゆく。
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