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愛しのヤクザ
第十五章 悲しき性(さが)
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場だ。どんなことでもいい、あいつ等の動きを逐一知らせろ」と。あと一歩である。鎌田が支配人、そして石田が副支配人になる日まで。紺のブレザーに身を包み、颯爽と館内を闊歩する自分を想像して、にたついた。

 相沢が厨房にあがると、石塚調理長が手を挙げ、折り畳み椅子を用意して自分も座る。既に注文が入り始め、内村が大声で指示を出し始めた。オーダー係りの鎌田副支配人が二人をちらちら見ているものだから、石塚は完全にあがっている。
 大枠のセリフは決められていた。でも石塚調理長は最初の出だしはアドリブでやると言っていたのに、そのアドリブが出てこない。緊張しまくっている。石塚がようやく最初の一言を思いついた。
「あれだねー、なんと言うか、天高く馬肥ゆる秋っていうけど、本当に空が高いって感じだねー」
なんだよ、散々考えて天気の話かよ、と思ったが、合わせるしかない。
「本当です。春もいいけど、この季節も何とも言えず気持ちいいですよね」
どうも話がぎくしゃくして不自然だ。これからが肝心なのだ。声の音量を上げた。
「でも、とうとう呼び出しがかかったみたいじゃないですか」
どぎまぎしながらも石塚が大声で答える。
「そうなんだ、明日の午後1時半。本社に呼ばれている。向井さんが言ってたけど、課長も一緒に行ってくれるそうじゃないか。助かるよ」
「ええ、入れ墨のことは謝るしかと思います。僕も一緒に謝ります。誰にだって若気の至りってこともありますし、可愛い弟子のことですから、黙認したと言うしかありません」
「そうだな、謝るしかないか」
聞こえたのか聞こえなかったのか分からないが、鎌田がオーダーを読み上げる。もし、聞こえていたのなら、相当な役者だ。相沢は、決められたセリフを終え、話もいつものように弾まないものだから、しかたなく厨房を後にした。

 厨房がごった返す昼すぎ、次のオーダー係りに代わったら、向井支配人が同じようなセリフを繰り返す。夜は林田の担当だ。明日に備えて万全の体制が整えられていた。まさに相沢たちにとっても、明日が正念場なのだ。






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