第十三章 罠
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目っていうでしょう。調理服も七分袖だし、いかにも入れ墨を隠しているみたいじゃないですか」
石塚が付け加える。
「あいつは潔癖性だから、商売女は駄目だし、他人が入った風呂には絶対入らない。つまり、あいつは自分の背中を誰にも見せたことがないってことだ」
林田が意地悪そうに言う。
「奴らと同じように噂を流す。それを山本が鬼の首でも取ったみてえに本部で問題にする。見物ですねえ。そして、山本に引導を渡すのは課長」
頷きながら相沢が答える。
「ああ、山本は絶対に乗ってくる。鎌田の嫌みにじっと堪えている厨房に対して苛々しているはずだ。絶対に乗ってくる。それと、もう一つ、林田さんにお願いがあります」
相沢は本部長と石田の関係の決定的な証拠が欲しかった。そのことを言うと、林田は二つ返事で引き受けた。小倉部長が最もほしがっている情報だ。それには証拠写真がなくてはならない。それも含めて頼んだ。汚いと思うが仕方がない。
三人は残忍な笑みを浮かべ、低く笑った。そしてその笑い声は次第に大きくなっていった。悪巧みほど、男達を魅了するものはない。善悪より勝ち負けである。
噂は瞬く間に広がった。フロント嬢と付き合っている厨房の若手が寝物語にうっかり秘密をしゃべってしまった。組から追われている人間が厨房にいることを。ウエイトレスとき合っているもう一人の若手はその元ヤクザが入れ墨までしていることを漏らしてしまったのだ。噂が広まらないなずがない。
誰でも、人には言えない秘密を心許せる友人に話したくなるものなのだ。問題はその友人にも心許せる友人がいると言うことだ。或いは、根っから秘密を保てない性格の者もいる。噂とはこうして広まるのである。
あれ以来、内村は外股で肩を揺すって歩いている。むっつりはそのままだが、東映ヤクザ路線の俳優よろしく、顔に凄みが増した。最初の変化は、オーダー係りに徹している管理職、副支配人の鎌田に現れた。
あれほど厨房を苛立たせた副支配人の嫌みが皆無となり、おもねるような声音に変わったという。村田はお礼参りが怖いのか敵意を含んだ視線を厨房に向けなくなった。しかし、この二人の様子は一時を堪え忍ぶ仮の姿だ。その巻き返しには余程自信があるらしい。
そんなある日、山本が相沢をその個室に呼んだ。部屋に入ってゆくと、山本はソファーに腰掛け、最近始めたパイプの煙をくゆらせている。座れとは言わない。立ったまま待っていると、口をへの字に曲げたまま口を開いた。
「相沢君は、ここのところ変な噂がたっているのを聞いているかね?」
「いいえ、噂というと、どんな噂ですか?」
山本は大げさに驚いて見せて、この実情に疎い現場の管理者を見下した。
「おい、おい、君は何のためにわざわざ現場に来ているんだ。何のための管理者なんだ。料理が旨いかどうか味見するためだ
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