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愛しのヤクザ
第十章 悪意
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いるが、他の連中ときたらまるで仇にでも出会ったかのように相沢を睨んでいる。相沢が頭を下げながら言葉を発しようとした時だ。
「課長、今度という今度は、もう我慢の限界だ。俺もいろいろな所で働いてきたが、こんなのは初めてだ。ミスはどこにでもある。でも悪意はどこにでもあるってもんじゃない。この会社はレベルが低いよ」
思いのほか語気鋭く言い放った。いつもの目を線にして微笑む顔など見せるものかという強い意思を感じた。しかし、言ってることも、怒るのも当然なのである。
「調理長、本当に申し訳ございません。こんなこと、私も信じられないくらいです。でも、何とか今回は留まって下さい。お怒りはごもっともです。でも、どうか勘弁してやってください」
 調理長はまだしも、他の若い連中の怒りはそうとうのものだ。一流料亭勤めであれば休む時間はたっぷりある。でも、ここではそうはいかない。のべつ幕なしに注文が入ってくる。彼らを納得させるには言葉では駄目だと観念した。
 向井支配人はこう言ったことがある。「ここぞと思うとき。僕はあれをやるのに一瞬の躊躇もしない」と。あれか…、散々躊躇して一瞬で決意した。いきなり地べたに座り込んだ。土下座である。ごめんなさい攻勢に、土下座攻勢、全く向井さんには参る。
 水撒きしたのであろう。コンクリートの床はまだ水が残っていた。スラックスが濡れて折り目はだいなしだ。でも声を張り上げた。
「調理長、申し訳ございませんでした。皆様にも厭な思いをさせてしまいました。本当に申し訳ございません。でも、何とか、堪えて下さい。男相沢、何としても皆様の思いを重く受け止めて、今後、このようなことの無きよう奮闘する決意です。ですから、どうか怒りの矛先を納めて下さい」
唖然と見守る皆を前に、相沢は額を床にこすりつける。慌てたのは調理長だ。
「おい、課長、俺は課長に謝れなんて言っていない。おい、頭を上げろよ」
と言いながら、近づいてきて肘を持って立ち上がらせようとしている。相沢がそれに抗うものだから、調理長も諦めた。ふーと息を吐き、皆を振り向いて怒鳴った。
「どうする、本部のお偉い課長さんが土下座までして、堪えてくれと言っている。どうだ、やっぱり辞めるか、今日、この場で、きっぱり辞めるか?困っている課長を放っぽらかして去ろうと言うのか?おまえら、どうなんだ?」
親方にこう言われたら、弟子である連中が逆らえるはずもない。調理長はきっとして二番手に問う。
「どうする、内村?」
内村は一瞬で諦めた。
「残るしかないですね」
と言うと相沢に一瞥をくれた。一瞬、にやっとしたように見えた。調理長はこの一言を聞くと、叫んだ。
「さあ、急いで仕込みだ。遅れた分を取り戻すぞ」
例の「おーい」と聞こえるおかしな返事が厨房に響き、それぞれの位置に戻っていった。 相沢は胸をなで
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