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愛しのヤクザ
第九章 嵐の前
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 ようやく訪れた平安の日々。入れ墨を入れた人々も噂を聞いたのか殆ど来なくなった。入り口に置かれた2枚の大きな看板を見て、がっくりと肩を落とす子供連れがいた。うなだれる父親を不思議そうに見上げる子供には申し訳ないと思ったが、致し方ないことと心を鬼にする。
 ヤクザさん達も久美子の父親の通達が効を奏したのか、ここ一月ほど姿を現さない。久美子はその後、ドライブの帰りに何度か泊まっていった。家は目と鼻の先なのだから泊まる必要などないのだ。
 相沢は久美子が館内にいると思っただけで、苦しくやるせない思いに(さいな)まれ、仕事も手に付かなくなる。相沢の熱い視線に気付くとそれをさらりとかわし、相沢がため息と共に諦めようと思えば、涼しげな眼差しを向け微笑む。
 真綿で首を絞められるとはこのことかを思わず合点がゆく。久美子は相沢がそんな関係に慣れることを望んでいるようだ。何もなかったかのような昔に戻れと言いたいのか?相沢は深いため息とともに切なさを吐き出す日々が続く。

 久美子はこの近辺では初めてというミストサウナが気に入っている。花の香りの熱い霧が降り注ぎ、長椅子に横たえられた男を知らぬと言う肉体がそぼ濡れる。相沢はその姿を想像するだけで下半身がぱんぱんに張っていた。
 いくら修行を積んでも、煩悩から解放されず、思わず下半身を切り取ろうとした高僧の話を思い出す。男というものは死ぬまでその煩悩が付いて回るという。相沢はその煩悩が脳の半分以上占めていた10代はとうに過ぎているが、まだまだ男盛りである。
 一度火がつけばそれなりの満足を得なければ治まらない。薄れゆく記憶をまさぐり、その滑らかな肌、唯一久美子と繋がりを持った唇の感覚を呼び覚ます。愛おしいという思いと突き上げるような欲望をもてあましていた。

 あの日の帰り、久美子は林田を先に降ろした。道順からいってそれが当然なのだが、林田はどこか不満げに二人を見送った。走り出し、バックミラーに林田が写っている。振り返って見ると、林田が何やら叫んでいた。何を叫んでいるのか聞こえるわけもない。
 八王子の街を見下ろす高台にジャガーは止まった。二人は車を降り、眼下に広がる夜景の美しさに感嘆の声を上げた。「ねー、綺麗でしょう」という久美子の言葉に頷きながら、相沢は大きく夜気を吸った。高まる気持ちにブレーキをかけるためである。
「あそこに野球場のライトが見えるだろう。その後ろ辺りに僕の家がある」
どの家もマッチ箱のように小さく、そこから灯りが漏れている。相沢が指さす方向を見詰めながら、
「何か、うらやましいなー、家族だけで、こじんまりとした家。でも、そこには普通の幸せがある」
とぽつんと言った久美子の言葉に相沢の心が揺れた。あの悲恋物語にしゃくりあげながら涙を流す乙女。そして普通の家庭に憧れながら、それでも因
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