第九章 嵐の前
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してきた。目の縁にうっすらと隈ができている。早めに深夜喫茶担当を決めようと時給を上げた稟議に山本が判を押さない。「林にやらせておけばいいじゃないか」と言うのだ。林の過剰な勤務実態など素知らぬ振りだ。
「あれ、今日は休みじゃないの、深夜喫茶はハルさんじゃなかった?」
「そうなんだけど、月末まであと10日だから給料だけはやっておかねえと、みんなが困っちまう」
「でも、それは石田課長の仕事だろう。支配人が今月こそやれって、彼女に怒鳴ったてたじゃない」
「俺もそのつもりだったんだけど、あのアマ、やってねえんだ。あれ、今、いないの?」
「また銀行回りだ。本部長もいっしょだ」
「まったくあのアマ、本部長の恋人だと思ってやりたい放題だ。厭になっちまう。慣れない私がやるより、林さんがやった方が早い、なんてヌカしやがるんだ。来月からやるって言ってるけど、どうなるか分かったもんじゃねえ」
「今、何て言った?本部長の恋人って言わなかった?」
と相沢がすっとんきょうな声を上げる。
「あれっ、知らなかったの?恋人に決まってるよ。最初の頃、本部長のおごりで、みんなで飲みに行ったんだ。その時、石田がタバコをくわえて火を点けて本部長に渡したんだ。そんなこと、関係のない男女がするわけねえもの」
組織上、こういった施設の最高責任者と経理担当が男女の関係であってはまずい。しかし、それを告発するには、もっと確実な証拠が欲しいと思った。そう言うと、林はこともなげに言う。
「証拠ならあるよ。二人はいつも本部長の車で一緒に帰るんだ。みな知ってるよ。ここを出る時、ちょっと時間差を置くんだ。石田が先に出て、車の中で待ってるんだよ」
「それってたまたまなんじゃないの、帰り道がいっしょで、送って行ったのを誰かに見られたとか…」
「いいや、本部長が来るときはいつも一緒だよ。17時半出勤のハルさんがちょうど遭遇するんだ。石田はいつもシートを倒して隠れているんだって。ハルさんに言わせると、あんなことしたって、見えるにきまってるじゃねえか、こっちは立ってるんだもん、だって。笑っちゃったよ」
相沢はほくそ笑んだ。これは使えそうだと。二人を誰かにつけさせて、その証拠を握る必要があるのかもしれない。林田だったら上手くやってくれそうな気がする。明日、支配人に相談しようと思った。
林は眠そうな目をこすりこすりパソコンに数字を打ち込み始めた。林が今日の勤務を終えたのは今朝の7時。ということは数時間しか眠っていない。「ご苦労さん」と相沢は林の肩を揉んだ。林は気持ちよさそうにされるがまま目をつむる。
「気持ちよくってとろけそうだ。眠気が増してねむっちまうよ、課長。でも、もっとやって、気持ちいい」
その日、林はまだ正常な神経を保っていたのだ。
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