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愛しのヤクザ
第九章 嵐の前
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重なっており、戦争でも始まったかのような慌ただしさが繰り広げられている。調理長が怒鳴り、二番手が更に細かな指示を出す。下っ端は調理長の指示に「おーい」と声を揃え、位置を変え、手際よく料理を仕上げてゆく。その統制の取れた動きは見るものにある種の感動を与える。
 その指示系統、指示直後に下準備に入る担当、次にそれが入れ替わる手順、そしてオーダー通りの順番に料理を仕上げてゆく記憶方法等々をじっと眺めていた。料理長に何遍聞いてもそれは相沢の理解の範囲を超えていた。

 先ほどから石塚調理長は相沢の存在を気にかけており、一連の指示が終わる頃合いを見計らっている。二番手の内村がその様子に気付き、全面的に指示を出し始める。石塚は「手を緩めるな」と叫ぶと、相沢を振り返り相好を崩した。近づいて来るのを見て、相沢は慌てて言った。
「いや、いや、用事があるわけではないし、お忙しいのだったら仕事続けてください」
「いいんだ、もう何回もやっているメニューだからみんな身体で覚えている。二番手がいれば十分だ。ところで、向井さんは?」
「夜勤明けで、さっき帰りました。明日は休むよう、言っておきましたから」
「そうそう、たまには休ませないと。あの人はまじめ過ぎる」
そう言うと折り畳み椅子を二脚だしてきて、どっかりと座り込む。相沢が座るとタバコを取り出し勧める。喧噪の中、二人して煙をふーっと吹き出し、一息ついた。ふと、石塚の薄くなった頭が赤らんでいるのに気付いた。
「頭、どうしたんですか」
「ちょっとかぶれちゃって」
「大丈夫ですか?火傷ですか?」
「いやいやちょっと、叩きすぎたんだ」
「叩きすぎた?」
「養毛剤にブラシがついてて、それで頭を叩くと毛が生えるというから、必死で叩いていたら、かぶれちゃった。何でもやり過ぎはいかん」
吹き出しそうになるのを堪え、薄くなりかけた髪をちらりと見た。
石塚はため息混じりに話し始めた。
「あの石田課長さんは、俺たちが不正をやっていると疑ってかかっている。肉の仕入れ先を誰が決めたんだとか、どこにしまってあるのか見せろとか。課長、いいかい、俺は関東でも一応名の通った板前だ。だから仕入れは俺が納得のいくものじゃないと駄目なんだ。課長はそれでいいと言ったよね?」
「はい、料理に関しては全て調理長の納得がいくようにやって下さいとお願いしました」
「この世界に入って30年。食材の良し悪しを見る目がなければ旨い料理は作れない。親方にそうやって仕込まれてきた。勿論、仕入れ先との人間関係もある。でも、一度でも物で裏切れば、その業者との関係は成り立たない。鮮魚と肉はおたくの仕入れ業者じゃ駄目なんだ。俺たちは魚も肉もを触っただけでその鮮度が分かる。包丁を入れれば更にはっきりする」
「はー、そういうもんですか?」
「いいかい、これはいわゆ
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