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愛しのヤクザ
第九章 嵐の前
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だけなのではないか?そんな不安が己を萎縮させていた。

 林田以上に惨めな思いで車を見送った。とぼとぼと家に帰り、部屋で考えた。もしかしたら、これが最後かも知れない。もう会えないのではないかという思いは相沢を激しく責め(さいな)み、一線を越えたことを後悔させた。
 でも、何処が一線なのか?そんな一線などあるものか。でも、と考える。もしかしたら乳房を触らなかったら良かったのか?キスには迷いながらも応じたのだから。そこで止めておけば今まで通り会えたかもしれない。
 どうどう巡りの思いは、突然の闖入者によって遮断された。妹の和美が突っ立っている。
「おい、驚かすなよ。部屋に入る時はノックぐらいしろよ」
「ちゃんとノックはしたわよ。それより、お兄ちゃん…それ何よ?はっはっはっは」
 和美が相沢を指さし笑い出した。鏡を見ろと言う。手鏡を取り出し覗き込むと、口の周りが真っ赤になっている。久美子の口紅だった。
 そう言えば、車を降りる段になっても、久美子は相沢を見ようとはしなかった。まっすぐ前を睨むように見ていた。なかなか降りようとしない相沢に業を煮やし、ドアロックを解除して降りるよう促したのだ。はやし立てる和美の言葉が相沢の心を更に暗くした。

 久美子はしばらく姿を見せなかったが、一週間ほど前泊まりにきたのだ。何もなかったうに相沢に会釈し、ほほえみを送ってくれた。その時、喜びで胸が一杯になった。涙がにじんだ。また会えたことが嬉しくて飛び上がらんばかりだった。
 その時、諦めようと決意した。あの温もりに接することは出来なくても、それでいいと思った。なのに、それから一月が過ぎ、相沢はその決意のことなど忘れてしまった。愛執が相沢の心に住み着いたのだ。それを断ち切らねば、苦しみがいつまでも続くことは分かっていた。

 林田はそんな相沢の様子を見て、何度もあの晩の出来事を聞きただそうとする。何もなかったと言えば安心するのだが、疑惑を払拭できないようだった。しかたなく、久美子が婚約したことを打ち明けた。婚約した組長の娘に手出しするほど勇気はないと。
 これを聞いて林田はようやく納得したのだが、婚約相手に焼き餅を焼くかと思えば、そうでもなく、婚約相手をよく知っているようで、「若頭なら大丈夫。良かった、良かった」と呟きながら何度も頷いていた。

 人には根ほり葉ほり聞くくせに、あの時、二人を乗せた車に向かって何を叫んでいたかについては口をつぐんでにやにやするばかりだ。恐らく口には出来ないことを叫んでいたに相違なく、二度と聞くことはなかったが、どこか引っかかるものがあった。
 いずれにせよ、相沢は苦く切ない思いを抱きながらも、仕事は毎日あるわけで、日々の仕事をこなしてゆくしかなかった。元々統括事業本部健康産業事業部の課長であり、ヤクザ対策がなければこ
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