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愛しのヤクザ
第八章 暴走族
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た。それでも声は漏れ、しゃくりあげながら涙を拭う。
 久美子は相沢が近づいてくるのに気付いている。でも、振り向こうともしない。相沢は久美子の横に腰をおろした。久美子の心の高鳴りが聞こえてきそうだった。相沢は林田と久美子のやりとりをすべて聞いていた。
「しかし、凄いスピードだったね。思わず足を踏ん張ってた。カーブだらけの海岸線を100キロで飛ばすなんて」
「あれでも、抑えたのよ、今日は。でも、カーブが多くなったのは、この付近に来てからだわ。足を踏ん張ってただけ?それとも私たちの会話を聞いてた?」
「どっちもだ」
「林田君に相沢さんを誘わせたのだから、私が相沢さんに興味がないと言ったら嘘になってしまう。でも、林田君が言うような期待なんか少しも持っていないわ。そうそう、林田君から、私の家のこと聞いてる?」
「大地主だって言っていた」
「ふーん、林田君はあのこと黙っていたんだ」
「あのことって?」
「父はあの辺の一帯の親分なの。吉野組って言うの。オープンしたての頃、うちの金子が出入りしたでしょう。名入れのマッチを売りに。でも、もう大丈夫、父に言ってあるから。手を出さないでって、周辺の親分さんたちにもよ」
「鯨井組ももう来ない?」
「ええ、駅前の飲み屋で飲んでても、後ろから襲われるなんてことないわ、安心して。それに鯨井なんてまだ駆け出しだもの」

 相沢は予想だにしない話の展開に度肝を抜かれたが、心の動揺に気づかれまいと煙草をとりだした。ライターを点けようとするが、潮風が邪魔をする。カチンと音がして、見ると久美子がジッポを点火し、それを差し出していた。
 煙草を大きく吸い込んだ。そして吐き出す。久美子は相沢から視線をはずし、水平線を見つめている。海鳥がカラスのような鳴き声をあげる。相沢は心の動揺を海鳥が笑っているように感じた。久美子が沈黙を破る。
「このパターンってすっごく多いの。打ち明けると、黙り込んで煙草に火をつけるの。煙草を持つ指が震えていた人もいたわ」
 思わず自分の指先を見たが、震えてはいない。ふと、鎌田を思い出して思わず笑みが浮かぶ。久美子も微笑みながら相沢を見つめている。
「でも、それってよくわかる。テキヤといってもヤクザはヤクザ。サラリーマンやってる人が入れる世界じゃないもの。だから林田君がいっている期待なんか持つわけはないわ。ただ、なんて言うのかなぁ…」
久美子が言葉を探している。
「ただ…?」
「愛する心っていうか、それを大事にしたいなって。ふふ、でも、林田君には言っていないけど、私、婚約しているの。父の勧めで。だってしょうがないもの、家ってものが厳然と存在するんですもの」
 相沢はこれを聞いて少し肩の荷がおりた。少し気になったので聞いた。
「婚約したって、やはり……」
 しまったと思ったが後の祭りだ。
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