第七章 テキヤNo2
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クザで埋め尽くされ、カウンターの奥でハルさんが何事もなかったように洗い物にせいをだしている。
と、マルボウの中村が個室のドアから顔を出した。きょろきょろして、ようやく相沢を見つけて手招きしている。
「相沢さんよ、ちょっと」
相沢がおもむろに立ち上がり、首を鳴らしながら近づいてゆくと、背広の裾をつかんで陰に連れて行く。そして小声で言う。
「あいつら、この3日、トラックの下で寝てたんだと。それがこの雨だろう、可哀そうだと思わないか。子分どもを畳の上で寝せてあげたいんだとよ。ここに泊まったなんて絶対に口外しないし、風呂は子分だけでも入らせてくれって言ってる。どうだろ、あんたの権限で泊めてはくれないだろうか」
「……」
「約束は絶対に守らせる。それは俺が誓わせた。間違いなく、あいつは信用できる」
ヤクザな容貌とは裏腹な人の良さがその眼(まなこ)に滲み出る。すがるような目つきで相沢の答えをまっている。腰をかがめて視線を相沢の高さに合わせている。相沢もこの二人のヤクザ者を信用することにした。
「わかりました、お二人を信用します」
「恩にきる」
しばらくして、親分さんが、中村の背中から顔を覗かせ、ばつの悪そうに笑った。そして、のろのろと寄ってくる子分どもに声をかけた。
「課長さんが、二階の小宴会場に寝床を用意してくれるそうだ。目立たねえように風呂に入ってから、そこで寝ろ。俺は先に寝ている」
子分どもは一目散でふろ場に駆け込んだ。相沢は親分さんを小宴会場に案内した。鎌田と林田がマットとタオルケットを準備していた。親分が声をかける。
「おい、敷くことはねえ。その辺に散ばしておいてくれ。後は自分たちでやる」
林田が応酬する。
「いえいえ、親分さん、客商売ですから、そんな訳にもまいりませんよ。最後までやらしてください」
人数分を敷いて、林田と鎌田が出ていった。親分が言う。
「お前にも、なかなか良い子分がいるじゃねえか」
「ええ、私もそう思っています」
「それはそうと、ずいぶん迷惑かけたな。明日は誰も見ていない時間に出て行く。泊まったなんて誰にも言わねえ。心配すんな。…もう、行ってくれ」
「風呂の件は申し訳ございませんでした。前例を作るわけにはいかなかったものですから」
「ああ、そうなると思って子分どもに濡れタオルを持ってこさせて体は拭いた。さっぱりしている。さあ、行ってくれ。もう、眠る」
相沢は、どうも、と言って部屋を後にした。
小一時間ほどして、見回りに出た。奥まった小宴会場は襖もぴったりと閉められ、静かに寝静まっている。親分さんも畳の上で寝たかったのだ。前例をつくってしまったことは悔やまれるが、向井支配人はわかってくれるはずだ。相沢の決断に、にこにこと相槌をうってくれるあの大きな顔を想像して、苦笑いを浮かべた。
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