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愛しのヤクザ
第五章 覚醒剤
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っかり飽きて、簡単な集計の操作を覚えて悦に入っているが、細かく面倒な作業だけは林に残され、今、林がコンピュータに向かう。そこに調理長が顔を出した。
「諸君、おはよう、元気かね。ところで、林君、君も切り替えが早いってみんなの噂だよ。鵜飼君が失踪してあれほど嘆いていた人間が、もう郁子君と出来てるってのは本当なのかね。うちの若いのも頑張っていたけど、林君に取られたって泣いていたよ。」
 林と郁子は顔を見合わせ、困惑の表情だ。林が耳を真っ赤にして答えた。
「このあいだ、みんなでカラオケに行って、デュエット3曲歌ったくれえで、そんな噂立てられちゃうんだから、油断も隙もあったもんじゃねえや。」
 郁子も顔を赤く染めて下を向いている。相沢はカラオケと聞いて嫉妬に駆られた。これだけ親しくしていながら一度も誘われていないのだ。みんな結構行っているらしい。相沢はことさら真面目腐って、仕事の話を持ち出した。
「調理長、例の新メニュウこと、考えて頂きました?」
 調理長は、ぶっきらぼうな相沢の言葉に一瞬むっとして答えた。
「課長には、随分妥協させられてきたけど、今度の話はなかったことにしてもらいたいと思っている。」
 林田からほぼ大丈夫という情報を得ていたのだが、調理長の厳しい表情に一瞬ひやりとして、昔のやり取りを思いだした。

 調理長との最初の出会いの時だ。調理長は門弟を抱えて職を探していた。だからまさかあんなことで怒り出すとは思わなかったのだ。相沢は会席料理だけではなく、ラーメンや天麩羅蕎麦もやってもらいたいと言ったのだ。一瞬表情が強張り、調理長が言った。
「この話はなかったことにしてもらいましょう。」
 こう言うとすっくと立ち上がって立ち去ってしまったのだ。相沢はその後何度も家に足を運び、頭を下げ、1年の契約にこぎつけた。勿論、今ではラーメンも天麩羅蕎麦も作ってもらっている。しかしこの新メニュウには納得がいかないのかもしれない。

 不安そうに見詰める相沢に、調理長はにこっと例の目が線になるような笑顔を見せた。
「実はね、カツ丼は勘弁だけど、カツ重なら妥協しようと思っているんだ。でも、千円以下じゃだめだぞ。そこらの豚カツ屋なんて真似の出来ない豚カツを入れるんだから。」
 相沢は林と顔を見合わせ頷きあった。カツ丼はやはり大衆食なのだ。こうした施設にはどうあっても必要だった。調理長が続ける。
「あの林田君も、すけべ話ばかりと思っていたら、結構うまいことを言うんだ。割烹で鰻重があるのと一緒で高級料理をだす健康ランドにカツ重がないのおかしいと言い張るんだ。あんまりしつこくて面倒だったから妥協することにしたよ。」
 調理長にとってカツ丼もカツ重も同じである。ただ相沢達の熱意に合わせてくれている。厨房二番手の内村の苦虫を噛み潰したような顔が目に浮かぶ
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