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愛しのヤクザ
第三章 鯨井組
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はあまりにも大きく、とうとう会うことはなかった。車で煽ったことを謝ろうと思っていたのだが、会えなければ会えないで、どこかほっとする思いもある。
 夕方になっても鎌田副支配人から連絡が入らず、相沢は今日も泊まることにした。そのことを林に言うと、林は、則子が今日も遅番だと知っており、かなり動揺したが、さすがに三日連続の泊まりは無理らしく、17時頃、林田としぶしぶ連れ立って帰っていった。

 則子の出社する21時まであと2時間。今、相沢は来週まで繰り延べになった状況報告を書いている。1時間も割り当てられているのでかなりの分量だ。しかし、どうも気が散って筆が進まない。時計を何度も見上げた。則子の顔がちらちらと浮かぶ。
 あの日、あの則子の啖呵を聞いてから、相沢はすっかり則子に参ってしまった。その場で惚れた。しばらくして、早番が明けて帰ろうとする則子を食事に誘った。どきどきしながら返事を待つ相沢に則子はにっこりと微笑んだ。
 食事のあと家まで送った。肩を並べて歩きながら、そっと指に触れてみた。そして、そっと手を握ってみた。すると握り返してきた。恋人同士のように語らい歩いた。何度も微笑みあった。そしてアパートの前で立ち止まり、則子は相沢の正面に立った。手は握ったままだ。
「今日はごちそうさまでした」
 則子は手を離そうとするが、相沢は離さない。相沢は少しずつ手を引いて体を寄せた。互いに見詰めあい、相沢が顔を近づけた。則子は受け入れて、目を閉じた。ほんの寸前だった。則子は相沢の胸を両手でぽんと押したのだ。
 一瞬の後、相沢は走り去る則子の後姿を見詰めていた。則子が振り返り、微笑んで手を振る。相沢もそれに応えた。チャンスはまだまだあると高を括っていた。しかし、それから何度誘っても曖昧に受け流す。とはいえ、仕事場での態度は少しも変わらない。
 相沢は、今日、何としても決着をつけるつもりである。あの日は、ことを急ぎすぎた。まずは心の内を告白すべきだったのだ。幸い今日は邪魔者の二人がいない。時計の針が21時を指した。相沢の胸が高鳴った。



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