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愛しのヤクザ
第三章 鯨井組
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と格闘しながら、10メートルの距離をようやく歩き切り、二人の前に立った。立っているのが不思議なくらい両足に力が入っていない。二人がにこやかに笑いかける。相沢はその笑いに誘われるように声をかけた。
「どうも、おはようございます」
 二人は声を揃え陽気に「おはようさん」と答えたが、これはこれから起そうとするひと悶着のための演出に過ぎない。前半の陽気な挨拶、打って変わって後半の怒鳴り声、この落差が大きければ大きいほど凄みを増すという彼らの一流の演出なのだ。
 一人は丸顔のつるつる頭で、にこにことしているが、それはその落差を強調するためで、この顔に怒りを帯びれば相当凄そうである。もう一人は長髪で彫の深い二枚目で、ニヒルな顔に浮かぶ笑顔は瞬時に般若のごとく変わるだろう。
 向井の編み出したご免なさい攻勢で済む相手ではない。さて、次に何と言おうか?相沢は、頭が真っ白になっていることに当惑していた。沈黙が続く。沈黙は彼らの思い描くシナリオにもないようで、困ったように顔を見合わせ、じれて長髪が誘いをいれる。
「どうだい、繁盛しているかい?」
「ええ、まあまあです……」
またしても沈黙だ。今度は坊主頭が聞く。
「大変だろう?」
「えっ?、ええ…まあ…」
会話が弾まないからといって、相沢が責められるべきではない。どう考えても会話が弾む相手でも状況でもない。二人は慣れない愛想笑いに疲れたようで、早く刺青に触れて欲しいらしく、ダボシャツに手をつっこんで更に見えるようにもろ肌を晒した。
 相沢は何をなすべきか漸く思い出し、力なくため息を吐いた。そして恐る恐る自分で作ったマニュアル通り、
「実は、私としましても誠に申し上げにくいことなのですが…」
無駄な努力と知りつつ、ありったけの敬語をちりばめて話したのだ。
「あの看板に書かせて頂いている通り、お客様のように刺青をなさっていらっしゃる皆様には、ご入場をご遠慮頂くことになっております。誠に申し訳ございませんが、御退出頂けませんでしょうか?」
声は震えていない。よしよしと内心自分を褒めてやった。が、現実はそう甘くない。
「何だと、この野郎。もういっぺん抜かしやがれ」
「てめえ、この野郎、ふざけたことを言いやがって、出て行けだと」
待っていましたとばかり、耳をつんざくような怒鳴り声が響く。
二人の言葉は同時に吐かれたため、何を言っているのか判然としなかったが、だいたい似たような言葉だったのだろう。この怒鳴り声が合図だったとみえ、外で控えていた5人の仲間が入り口から一斉に雪崩れ込み、相沢を取り囲んだ。
 7人のヤクザが噛み付かんばかりの顔で相沢を睨んでいる。相沢より小さいのは、はげ頭とニヒル野郎だけで、あとは皆ガタイがでかい。相沢は絶望のあまり目の前が真っ暗になった。膝のかくかくは大揺れで、冷や汗は両脇
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