第二章 肩代わり
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。相沢には、あの「ごめんなさい」攻勢のどこが毅然としているのかよく分からないが、確かにその効果は出始めてきているのだ。
今日、相沢は、密かに決意していた。向井の負担を少しでも軽減してあげようと。それはある出来事を目の当たりにして、そうせざるを得ないと感じたのだ。それは、昨日の朝のことだ。相沢が出勤すると、向井は長椅子で眠っていた。大きな赤ら顔、その目の下には隈が浮き出ている。40の半ばを過ぎ、髪は半白髪で、この一ヶ月でその白髪が増えたような気がした。
そこに風呂場担当の岩井が例によって駆け込んできたのだ。刺青客の闖入である。向井は岩井の「支配人」という緊迫した呼びかけに、すぐさま反応し、かっと目を開くともう駆け出していた。寝起きのためか足がもつれ、出口でその太った体がこてんと転んだ。
起き上がり小法師のようにころりと立ち上がったのはいいが、運悪く清水郁子がドアを開けたのだ。向井はドアに顔をしこたまぶつけて尻餅をついた。「キャー、ご免なさい」と言う郁子を無視して、向井はまた走り出した。
相沢も後を追った。ロッカー室に入ると、半裸の刺青客に入場料の入った封筒を差し出し、ご免なさい攻勢をかけている向井の姿が目に飛び込んできた。その姿は陰惨を極めた。眼鏡の片方のレンズにひびが入り、鼻血は口元まで流れている。陰惨と滑稽は紙一重だ。
後から駆けつけた林は向井の顔を指差しながら声を上げて笑っている。相沢も何かおかしくて哀しくて、でも、込み上げる笑いを必死で抑えた。刺青客もさすがにすごむ気力を削がれたようだ。向井のその必死さを目の当たりにして、相沢は決心したのだ。本部も出先も糞もない。同じ目標を持つ仲間として、やるべきことをやろうと。
向井は支配人席で船を漕ぎはじめている。今時流行らない太目のクロ縁の眼鏡は、今朝、向井の奥さんが届けたものだ。その奥さんが美人なのには驚いたが、向井はスーパーに勤める前は腕っこきの証券マンで、飲む打つ買うのヤクザな生活をしていたと言う。正に人に歴史ありというわけである。
相沢は支配人の机に腰をかけ、向井の肩をゆすった。向井は目をぱちくりさせて相沢を見詰める。相沢がその決意を胸に話しかけた。
「支配人、今日は家に帰って下さい。支配人に倒れられたら元も子もないですから。それから、明日、明後日は暇になると思うので休んで下さい。副支配人も漸く一人前になってきたところですから、彼に任せてみるのもいいでしょう」
鎌田副支配人は柔道5段の猛者で、ガタイもでかい。それが採用の決め手になったが、いざオープンしてみればどこか頼りなく、今一である。そのことは向井も感じているはずだが、しばしの沈黙の後、向井は、にっこりと笑って答えた。
「課長のお言葉に甘えよう。ここ3週間、昔のつもりでやってきたけど、どうも調子が違う。年なん
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