第一章 カーチェイス
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声に出した。そうだ、この試練に耐えねばならない。
八王子健康ランドの入り口は、既に掃き清められ、『祝八王子祭り』の看板と垂れ幕で飾りつけられている。駐車場を振り返ると、山々が相沢の決意を称えているかのように、雲靄も晴れわたり清々しい姿を見せている。
おやっと思って駐車場の一角に視線を向けた。例のジャガーが駐車している。運転手はいない。隣のスーパーの開店まで2時間ある。ということは例の若者は健康ランドに来ているということだ。まさか、後をつけてきたのか。ひゃっとする思いを抱きながら、先ほどの決心を実行すべく、事務所の中に入っていった。
「おはよっす」
相沢の何時もの挨拶だ。向井支配人は机から顔を上げ、丁寧に「おはようございます」と笑顔で答える。その机に、それが、無造作に積み上げられている。相沢は迷うことなくその机に向かった。そして、その積み上げられた物を、むんずと掴み、さっと開いた。
すぐさま袖を通して羽織った。おもむろに、手拍子をとって声を張り上げた。
「へい、いらっしゃい、いらっしゃい」
向井支配人がにこやかに笑いながら応えた。
「課長、ハッピ着るのは明日からですよ。まあ、今日からってことにしてもかまわないけど。でも、いい男は、何着ても似合いますね。ハッピだって着こなしちゃうんだから。これで、八王子祭りもいやがうえにも盛り上がりますよ。」
そう言われてみれば、全員着用は明日からだった。一日勘違いしていたのだ。しかし、ハッピなんて着こなすも糞もあるものかと思った。こんな姿は石田京子には見せられない。まして向井支配人に似合うなどと言われてはよけい落ち込む。鵜飼則子に見せようと思った。徹夜明けでフロントにいるはずだ。
あのオープンセレモニーのおり、石塚調理長が前掛けを差し出した時、調理長との信頼関係を築くために、咄嗟にそれを腰に巻いた。現場の人間としての心意気を見せるためだ。でも、ハッピだけは着たくなかった。理由はいくらでも言い繕える。
向井支配人は系列の食品スーパーの店長を歴任してきたが、その実力を買われ本部の新規事業であるこの健康ランドの支配人に抜擢された。本部事業部の課長である相沢に一目も二目も置いて接するのだが、何故か相沢はこの向井支配人に頭が上がらない。
自分より職階が下の向井支配人の意向など無視しようが、誰も文句は言わない。しかし、何故か、今、相沢はハッピを着こんでいる。しかも一日前に、誰よりも率先して。背中に視線を感じて振り返ると、向井支配人が微笑みながら何度も頷いている。
相沢は一瞬にして心の葛藤の意味を理解した。相沢は向井支配人の期待に応えようと、自分のプライドと戦っていたのだ。そして、向井支配人は、今、初めて、相沢を本当の仲間と認めてくれた。胸にじーんときたが、向井にはお茶目に笑いかけただけだ。そしてドア
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