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愛しのヤクザ
第一章 カーチェイス
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週間、突貫工事でお願いします。オープンまで10日しかありません」
「俺、知らないぜ。統括事業本部長に何か言われたら、相沢課長の指示だと答えますけど、それでいい?」
「ええ、かまいません。兎に角、今日から始めて下さい。」
 こうして、相沢は、山本統括事業本部長によって「上司を蔑(ないがし)ろにし、独断専行しがち」というレッテルを貼られるのであるが、当の本人は、ゼネコンの監督が匂わせていたのだが、子飼いの業者を工事に無理矢理入れマージンをもらっているという。
 悩みはこれだけではない。本社ではあれほど熱い視線を投げかけていたレストラン事業部の石田京子が、宴会中、相沢に気付かぬ素振りをしていたのだ。これまで本社に週一で出かけるが、その度に、京子はにっこりと微笑みかけ、屈辱にまみれた心を癒してくれた。
 あの態度は何なのだ?あのオープンセレモニーの当日、石塚調理長が、ズボンが汚れるからと前掛けを貸してくれた。現場の社員達からは似合うと褒められたが、普段背広姿を見慣れて入る京子には惨めな姿に映って嫌われたのか。或いは、惨めな姿を気の毒に思って、気付かぬ振りをしてくれたのか。
 どうも、前者のような気がする。何故なら、あれ以来、本社で京子と出会っても、俯いて顔を合わせようとしない。今朝、起きた瞬間、京子のあの俯いた横顔が浮かんだ。困ったような顔で横を通り過ぎる京子の後姿をじっと見詰める自分がいた。

 暗澹とした心に火をつけたのは、やはり、あのジャガーであった。追い抜かれる瞬間、若者の馬鹿にしたような視線にかっとなったのだ。もっとも、若者はサングラスをしており、馬鹿にしたような視線は相沢の勘違いに過ぎない。
 今、スピードメーターは100キロの数値を示している。ブレーキランプを凝視し、距離を更に詰める。一瞬、ジャガーが唸り声を上げたと思うと、相沢の視界から消えた。視線を上げると、遥か彼方をゆうゆうと遠ざかってゆく。
 慌ててアクセルを踏み込むが、1500ccのカリーナでは追いつくわけもなく、緩いカーブを曲がりきると既にその姿はない。相沢は緊張の糸がぷっつりと切れ、左の車線に移り、暴走前ののろのろ運転に戻った。へへへと自嘲気味に笑った。
 高速道路でさえ120キロ以上出したことのない相沢が、一般道路で、ジャガーとカーチェイスするなどお笑い種である。そして、いよいよ現場が近付いてきた。15メートルを越す煙突が聳えている。いよいよあのことに向き合わねばならない。そう、あのことに。

 相沢は、駐車場に車を停めた。暫く車の中で考え込んだ。深呼吸をし、一言呟いた。「まあ、いっか」
 車を出ると、何事もなかったかのように歩き出した。ガードマンとにこにこと挨拶を交わし、裏口へ向かう。ふと、ため息を洩らした。一瞬、肩の力が抜けた。下っ腹に力を込め「よしっ」と
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