第一章 カーチェイス
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た。本社から事業部への明らかな降格人事で、しかもそこにはこうあったからだ。「健康産業事業部課長を命ず」と。
この健康産業事業部は、会社が新規参入した事業で、風呂を中心とし、食事、喫茶、映画、リラクゼーション、アミュズメント等を提供する温泉娯楽施設の企画、運営、管理を実施する部門である。その企画が持ち上がった時、本部の誰もがお風呂屋さんにだけはなりたくないと心の中で恐れていた。
しかし、相沢は対岸の火事よろしく誰が選ばれるのか興味の対象でしかなく、まさか自分が矢面に立たされるなど思いもしなかった。唯一引っかかる点は一号店の候補が相沢の地元だったことだが、まさかそんなことはあるまいと高を括っていたのだ。
その辞令を受け取ってから、瞬く間に3年という月日が過ぎた。何にでも夢中になる性格のため、すっかりのめり込んでしまったが、ふと、冷静になれば、相沢はこんな仕事をするために大学で経済を学んだわけではと言う思いが頭をもたげ、憂鬱になる。
八王子健康ランドは16号線沿の郊外型スーパーに隣接して建てられた。竣工一週間前、オープンの実地訓練とオープンセレモニーが同時に行われることになり、昔の仲間がお客となって押し寄せると思うと、相沢は憂鬱で朝まで一睡もできなかった。
その日、一連のセレモニーが終わると、フル稼働を想定し、本部の社員やスーパーの幹部等を集めて宴会がとり行われた。最初、相沢は人目につかない裏方に位置した。勿論、誰にも見られたくないという思いもあったが、別の理由もあったのだ。
それはこの施設の問題点を実地で見る必要があったからだ。宴会場と厨房が離れすぎていること、そして洗い場が狭いことがネックとなって麻痺状態になることが予想された。この問題については何度も改善案をあげてきたのだが一顧だにされなかった。
宴会が始まってみれば案の定、引き上げた食器が裏の通路にうずたかく積まれ、宴会係は右往左往するばかりで収拾がつかない。宴会係りがまだ不慣れであるという点を差し引いても、出来上がった料理と空いた器を置く中継点と、新たな洗い場の設置が不可欠であることを思い知らされた。
相沢は汗だくで駆け回り、終いには宴会場まで出っ張って、指示を出し、食器を片付け、目立たぬどころの騒ぎではない。揶揄を含んだ元同僚の「おすっ」などという挨拶に答える余裕すらなく、ふと気がつくと宴会場には客は誰もおらず、食器の山をぼーっと眺めていた。
その翌朝、相沢は携帯を取り出し、ゼネコンの監督に電話を入れた。
「あれ、相沢さん、どうしたの、こんなに早く」
「例の中継所と新たな洗い場、以前僕がいっていた位置に作って下さい。大至急」
「でも統括事業本部長の了承は取り付けたの?」
「あんな奴にいくら言っても無駄です。事業本部長は無視。僕が責任取りますから、一
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