第三章 殺人
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もしたのだろうか、たるんだ皮膚が首に二重の線をえがいている。一瞬にして現実に引き戻され、怒りが爆発した。
「勝はどこだ」
自分でもびっくりするような怒声が響き渡る。洋子はそれにもたじろがず、ふてぶてしく笑った。さっと振り向くと、その右手には拳銃が握られている。
「私達の一億円はどこなのよ。手ぶらで来るなんて、どこまで、あんたは私をコケにする気なの」
その顔には憎しみと卑しさがあるだけで、疚しさの欠片もない。
「やはり、貴様等だったんだ。勝はどうした。何処にいるんだ」
「死んだわよ。苦しがって死んだわよ」
この冷酷な言葉が中条の心を襲った。心が絶叫し、絶望が目の前から光りを奪った。気がつくと床に頬をつけて倒れていた。一瞬にして全ての筋力を失ったのだ。視線が洋子の勝ち誇った顔を捉えた。涙が止めど無く流れる。
「何故なんだ。何故、あんないたいけない子供を殺す必要があったんだ」
洋子の、あくまでも冷静な声が響く。
「殺してはいないわ。勝手に死んだのよ」
「勝は薬を持っていた。お前じゃないのか、勝を誘拐したとき、首のペンダントを引き千切ったのは、お前じゃないのか」
中条は洋子の目をじっと見入った。しかし、洋子の目に邪な激情が走ったことには気付かない。一方、洋子の脳裏には若き日の無念の思いが彷彿と蘇った。自殺するほど悩んだのだ。憎悪の刃が鎌首をもたげた。
「そのペンダントの中に薬が入っていた。発作が起こった時、それを飲ませれば勝は助かった。それともあのペンダントに薬が入っていることを知っていたのか、知っていて引きちぎったのか?」
洋子は、憎しみに歪んだ顔を更に歪ませ、肩を大きく上下させている。洋子の邪な激情が思索を重ねている。相手を最も効果的に傷つける言葉を探していたのだ。その顔を見ているうちに、中条の頭に恐ろしい考えが浮かんだ。もしかしたら、
「お前は知っていたんじゃないか。勝の病気のことも、薬のことも知っていたんじゃないのか」
沈黙があった。洋子はじっと中条を見詰めている。一瞬その顔が奇妙に歪んだ。洋子の表情を読み取ろうとしている中条には笑ったようにしか見えなかった。実は洋子はようやく相手をより深く傷つける言葉を探り当てたのだ。
ゆっくりと薄い唇が開かれた。
「ええ、知っていたわ。だから薬を捨てたのよ」
この瞬間、中条は、すっと血の気が引くのを感じた。洋子は最初から知っていて、勝の命を守る薬を捨てた。自ら手を下し殺そうとは思わないまでも、発作を起させ死を誘発させたのだ。それは中条に対する復讐に他ならない。
絶望が憎悪へと変わってゆく。
中条はゆっくりと体を起こし、床に転がる警棒を拾い上げた。膝を立て、起きあがろうとした。洋子が叫んだ。
「じっとしているの。そのまま座りなさい。どうしても一億いるの。だから今度はあなたが人質
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