第三章 殺人
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だ。そんな男に素手で立ち向かうわけにはゆかない。
マンションの前までくると、上野はしゃがみ込んで抵抗した。ここで帰らせてくれとしきりに懇願する。しかたなく解放することにした。
マンションを見上げると、上野の示した部屋は電気が灯っている。もし、中条の勘が正しければ、勝はそこに居る。もしいなければ、阿刀田のねぐらということだが、そのねぐらは、洋子が知っている。警棒で脅せばすぐにでも口を割るはずだ。
エレベータで8階まで上がった。806号室のドアの前まで音も立てず近付いた。ドアに耳を当てるが、テレビのニュース番組の声が微かに聞こえるだけだ。ノブを回しドアを少し開けた。アナウンサーの声がはっきりと聞こえる。
玄関には男物の革靴が置いてある。廊下の先は居間なのであろう、ドアの隙間から明かりが漏れている。後ろ手にドアを静かに閉めたつもりが、バタンと大きな音を立ててしまった。廊下の先のガラス戸が開いて男が顔を覗かせた。阿刀田である。
「誰だ、そこにいるのは」
見つかってしまったからには、覚悟するしかない。中条は意外に冷静な自分に驚いた。
「先輩、お忘れですか、後輩の中条です」
居間の空気が大きく揺れ、阿刀田の顔が歪んだ。
「上がらせてもらいます」
後ろで女の囁くような声がする。すると阿刀田が叫んだ。
「おい、勝手にあがるな。いま取り込んでいるんだ。用事があるなら外で聞こう」
こう言うと、ガラス戸を開けて出てきた。玄関まで来ると仁王立ちで中条を睨み付けた。190近い大男だ。無理やり作った険しい顔。しかし、そこには疚しさと恐れが貼り付いている。中条は笑みを浮かべながら口を開いた。
「いいマンションじゃないですか。ちょっと中を見せてください。」
上がり込もうとすると恐ろしい力で突き飛ばされ、ドアに頭をぶつけた。怒りが炸裂した。体勢を立て直し、右手に隠し持った警棒を振り上げ、阿刀田の脳天に思いきり振り下ろした。阿刀田は声もなく、その場に崩れるように倒れた。靴をはいたままずかずかと廊下を歩いてガラス戸に向う。
居間の空気が激しく動いた。玄関での異常を察知したのだろう、中で洋子が蠢いているのが手に取るように分かる。中条は急いでドアを開け、中に踏み込んだ。洋子は背中を見せ、サイドボードの抽斗を探っている。
洋子が振りかえった。目は血走り、唇をわなわなと震わせている。
「この嘘吐き。やっぱりあの女と結婚したんじゃない」
この言葉に、中条は一瞬十二年まえにタイムスリップしたような感覚に襲われ、生真面目に言い訳の言葉を捜した。しかし、すぐに勝のことを思いだし、憎しみを顕に睨みつけると、そこには醜く年を重ねた女が、中条以上に憎しみを剥き出しにして見上げていた。
艶やかだった肌はかさかさに乾いて、額に寄せた皺の深さを際立たせ、無理なダイエットで
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