暁 〜小説投稿サイト〜
夢盗奴
第三章 殺人
[1/6]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話
 夫婦は、相変わらず二人目に恵まれなかった。しかも、勝が小学校3年になったばかりの頃、狭心症の発作に襲われ、入院すると言う事態に見舞われた。るり子はおろおろするばかりで、その精神的な脆弱さは中条を苛立たせた。
 勝は半年後に退院出来たのだが心臓に爆弾を抱えていることに変わりはなく、ニトロの錠剤を肌身離さず持たせて、万が一の事態に備えさせた。か細い首に太めの金の鎖、そのなんとも言えぬアンバランスさが痛々しく、中条は思わず勝を抱きしめたものだ。
 絵に描いたような幸せな家族に影を射した小さな不幸が、最悪の結末への序曲になろうとは夫婦ともども考えもしなかった。ただ、るり子は一人息子の不幸に、時に涙を流し、時に嘆息し、中条を更に落ち込ませるばかりで、家は暗く沈みがちだった。
 そんな或る日曜日、中条は夕食前の犬の散歩に出かけた。発病前は、勝と二人で出かけたものだが、今は一人だ。門を出ると右に行くか左に行くか迷ったが、すぐに左の道を選んだ。勝が友達から貰った柴犬は大谷石の塀に沿ってぐいぐいと中条を引っ張ってゆく。
このまま行くと、最後にあの忌々しい住宅地に出てしまう。かつては中条家の裏庭で、そこにはブナ、楓、栗等の樹が雑然と植えられていて、子供の頃からの思いでの場所だが、今では6軒の住宅地になっている。中条は、左に折れススキの繁る川沿いの道を選んだ。
 しばらく歩いて、悲鳴をきいたような気がした。散歩の途中だったが、中条はすぐさま引き返した。家に駆け付け、るり子を呼んだが返事はない。遠くで勝を呼ぶ声が聞こえ、それが徐々に近付いてくる。るり子は勝を探して家の近所を必死で駆けまわっていたのだ。
 曲がり角からるり子が飛び出して来た。中条は駆けよって取り乱するり子を抱きしめた。るり子が見覚えのあるペンダントヘッドを掌に載せて涙声で言う。
「これ見て。このペンダントを見て、門の前に落ちていたの。どういうこと、ねえ、これってどうゆうことなの」
中条はペンダントを取り上げ、じっと見入った。ペンダントの蓋を開けると、ニトロの錠剤が二つとも残っている。見ると金の鎖の留め金がなくなっていた。
「どこに落ちていた?」
「この辺よ。確かここだと思う」
るり子の指差す場所を、中条は這いつくばって探した。案の定、その留め金がそこに落ちている。それを拾い上げ重い口を開いた。
「引っ張ったんだ。引っ張って留め金が飛んだ」 
「誰が引っ張ったの。勝が自分で引っ張ったって言うの」
「分からん」
「ねえ、ちょっと、ちょっと、ねえ、聞いて、家で電話が鳴っているわ。厭な予感がする」
そう言うと、るり子は駆け出していた。中条も、まさか警察から?と思ったが、いくらなんでも早すぎる。すぐさま不安を振り払うと、るり子の後を追った。
 居間に入ると、るり子の絞り出すような声が響いた。
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ