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夢盗奴
第二章 別れ
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曇らせたが、深い溜息とともに笑顔を返してきたのだ。
 ただそれだけのことだった。裏切ったわけではない。しかし、洋子は中条の秘密を嗅ぎ付け、そして絶望のあまり左手首を切った。もしかしたら、新宿を歩いていた二人の姿を偶然見かけ、その日の晩、中条に電話を掛けてきたのかもしれない。洋子の涙声が蘇る。
「私、知ってるの。貴方がお見合いをしたことを。私に黙って。まるで、だまし討ちじゃない。幾らなんでも酷過ぎる。貴方を後悔させてやるわ。このまま死んでゆくの。貴方の声を聞きながら…」
慌ててアパートに駆けつけると、既に救急車で運ばれた後だった。
ふと気が付くと信濃町駅前に出ていた。病院から、どこをどう歩いてきたのか覚えていない。深い後悔の念に胸が締め付けられた。見合いの事情を打ち明けておくべきだったのかもしれない。もう、終わりだと思うと胸が疼く。切ない思いが心に風穴を開けた。

 洋子に対する未練も、洋子の母親が要求してきた法外な慰謝料の額を見るに及び、ため息とともに徐々にではあるが薄れていった。途方もない金額だった。通常の十数倍、3000万円が要求されていたのだ。思わず、「性悪女」という言葉が甦った。
 最終的には示談が成立し、1000万円が支払らわれた。母親は小切手を見せ、中条にこう言った。
「高い授業料だったわね。でも、これであの娘と手が切れるのなら払う価値はあるわ。あの娘は貴方に相応しくなかったから。最初から分かっていたの。計算高いのよ、親子揃って」
「母さん、そんな言い方はよせよ。彼女は自殺するほど思いつめていたんだ。ましてその責任はこっちにあったんだから」
「翔ちゃん。私、彼女が担ぎ込まれた病院に行って確かめて来たの。彼女の傷はたいしたことはなかったって、先生がにやにやしながらそう仰っていたわ」
「だって、面会謝絶の張り紙があったじゃないか」
「あのお母さんが貼ったんじゃないかしら。そんな気がする」
「それじゃあ、お母さんは、あれが狂言だとでも言うの、そんなことあり得ないよ。確かに迷い傷程度であったとしても、彼女が死のうとした事実にかわりはないんだから」

 中条が結婚したのはそれから2年ほどしてからだ。相手は例の見合い相手だった。二人はまるで運命の糸に操られるように再会したのだ。縁は異なもの味なもの、というが、二人の再会劇はまさにこの言葉通りである。
 その日、中条は下請けの部品製造会社を訪ねた。応接に通され座っていると、一人の事務員がお茶を運んできたのだが、その顔に見覚えがあった。一瞬、二人は見詰めあった。その女性が「あらっ」と両目を丸くし、お盆を胸に押し抱いた。中条もあの見合い相手だ
と思い当たり、声を詰まらせつつ、言葉を発した。
「た、確か、山下るり子さん……でしたよね」
「ええ、でも、まさか、こんな風にまたお会いす
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