第一章 出合
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体を開いて、戸惑う舞の背中に手を回し車に押し込んだ。一万円札を運転手に握らせ、
「荻窪まで」と言うとドアを閉めた。舞が窓から顔を覗かせている。悲しげな目が中条に注がれている。その顔がゆっくりと遠ざかる。中条はタクシーのテイルランプをいつまでも見詰め続けた。
翌日、舞は休んだが、翌々日には元気に出勤してきた。いつもと変わらぬ笑顔で中条に笑いかけてくる。中条もにこりと笑ってそれに応えた。その日、舞から内線電話がかかっ
てきた。舞の忍びやかな声が響く。
「見直しちゃったわ。主任って、どこまでも誠実なのね。あらためて惚れ直しちゃった。
私、諦めない」
「そう言うな。僕は婚約者を傷つけたくない。それを分かって欲しい」
中条は深いため息をついた。舞のふふふっというひそめくような笑い声が耳に残った。
それから一月後のことだ。夕刻、一週間ほど会社を休んでいた舞から電話が入った。今、
駅前ビル5階の喫茶店に居るという。
事務所がひしめくフロアーの一角にその喫茶店はあった。入ってゆくと、舞は奥のボックス席に思いつめたような顔で座っている。溌剌とした新人がやつれ果て、目の下には隈さえ見受けられる。中条は座るなり声をかけた。
「一週間も休んでいるから心配したぞ。恵美さんに頼んで、様子を見てきてもらおうと思っていたところだ。風邪だと言っていたけど、もう大丈夫なのか?」
そんな中条の質問など聞こえなかったかのように、舞が堰を切ったように話し出す。
「ごめんなさい、こんなところに呼び出したりして。でもこうするより仕方なかったの。というのは、どうしても話しておきたいことがあるの。この話を聞いたらきっと主任も目が覚めると思う。主任はあの人の本当の姿が見えていないの。お願い聞いて。ねえ、聞いてちょうだい」
中条は憮然として答えた。
「ああ、聞くだけは聞く」
舞は洋子のことを言っているのだ。まさか、舞は洋子と接触したのだろうか。不安が胸をよぎった。中条の迷惑顔に舞はたじろぎもせず話しを続ける。
「あの人は異常よ。この一週間、私がどれほど怖い思いをしたか分かる。あの洋子さんが私に何をしたと思う?」
やはり舞は洋子と接触していた。驚きが中条の胸をざわつかせた。まさかそこまでするとは思ってもみなかった。
「そんなことは知らない。僕にとって問題なのは、僕の意思を少しも尊重してくれない君の行動の方だ。その気はないと最初に断ったはずだ。本当を言えば迷惑している」
「分かったわ、もう私は主任のこと、諦める。好きで、好きでどうしようもなかった。でも、もう、諦めるしかないもの」
そう言うと両手で顔を覆ってわっと泣き出した。そして、ハンカチで涙を拭きながら話し始めた。
「あの人が怖いの。怖くて怖くてしょうがないの。私だって最初は少しもひる
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