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夢盗奴
第一章 出合
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。今週の金曜日。ねえ、恵美、それだったら今日の叔父さんのお誘い、断ってもいいわよねえ」
 恵美の反応は最初と同じで、その笑いにはどこか困惑の色が見え隠れする。
「よし、分かった。予約を入れておいてくれ。僕が奢る。それじゃいいね、残業してくれるんだね」
「勿論よ、さあ、さっさとかたずけちゃいましょう」
 これを聞いて、ほっと胸を撫で下ろしたのだが、何故か胸騒ぎがしてならなかった。金曜日、恐らく恵美は来ない。舞と二人だけのデートになる。婚約者を裏切る行為に足を一歩踏み出したような気がして心が騒いだ。

 金曜の夜、店に入ってゆくと、案の定、舞が一人でテーブルに着いて待っている。近づく中条にいたずらっぽく笑う舞に対し、微笑みで応えている自分を意識しながらわざとらしく声を掛けた。
「あれ、恵美さんは」
「恵美は急に都合が悪くなったんだって」
 こう言うとぺろっと舌を出した。この瞬間、中条は、心の底から舞を抱きしめたいと思った。いとおしいと感じたのだ。しかし、その感情を押し殺した。
「最初から、その予定だったんじゃないの。叔父さんの話もでまかせなんだろう」
「ご免なさい。だってちっとも誘ってくれないんですもの。だから……こうするしかなか
 ったの」
「でも、君も知っての通り、僕には婚約者がいる。そんな僕が他の人とデートするわけに
 はいかないんだ」
 舞はうつむいて唇を噛んだ。下から見上げるようにしてぽつりと言った。
「でも、好きなんだもん」
 中条はごくりと甘酸っぱい唾を飲み込んだ。あまりの可愛さに胸が震えた。揺れ動く心、疼く下半身、いかんともしがたい。その思いを気取られぬよう、きっぱりと言った。
「まあ、いい、兎に角、注文しよう」
 食事をしながらのたわいない話が続く。ステーキは確かに美味いのだろうが、味などさっぱり感じなかった。口の中がからからに乾いてビールを何杯も頼んだ。思いのほか酔ってきている。酔って早めに良心を捨ててしまおうとしているかのようだ。
 食事が終わりに近づいた。これからどうするかが問題だった。これで勘定をすませ、「それじゃあ、また明日」と言えば全てが終わる。しかし中条の体の芯が疼き、いとおしいという思いは抑えがたく、このまま終わらせることは不可能に思えた。
 沈黙が二人を包んでいたが、暗黙の了解は絡み合う二人の視線に込められていた。中条が席を立ち、レジで清算を済ませていると、後ろを舞がすり抜け、ドアの外に消えた。レジで渡されたレシートをくちゃくちゃに握りつぶし、中条がそれに続く。
 タクシーがゆっくりとブレーキをかけ止まった。その時、中条の脳裏に洋子の悲しむ顔が浮かんだ。タクシーに乗り込もうとする寸前だった。ドアに左手をかけ、自らの動きを封じた。その手に力がこもった。「くそっ」と呟き、意を決した。

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