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夢盗奴
第一章 出合
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の道を選んだクラブの先輩諸氏の惨めな生活を見るにつけ、夢のみで生きてゆくことに自信を喪失していた。
 散々迷った挙句、最終的には、母親のコネの効く就職先に決めたのだ。洋子は諸手を上げて喜んだ。洋子にしてみれば、結婚を前提に付き合ってきたはずなのに、演劇の道に進まれては、それが遠のくと思っていたようだ。
 一年後、中条は洋子を家に招き母親に紹介した。結婚を前提に付き合っていることを告げるためだ。しかし、洋子の帰った後、母親の一言は意外なものだった。
「翔ちゃん、私はこの結婚に賛成できないわ。別に年上だからというわけじゃないの。何故か分からないけど、最初に彼女を舞台で見たとき何か胸騒ぎがしたの。彼女の瞳の底にある冷たさみたいなもの、それが胸騒ぎの原因だと思う」
 静かに言う母親の言葉に思わず背筋がさわさわと震えた。あの老人の言葉をふと思い出したのだ。しかし、この3年の付き合いで、洋子の性格は知り尽くしていた。純粋で繊細、正義感が強く、こうと決めたら意志は固い。意外に涙もろいところもある。
 性悪女の影はどこにも見出せなかった。しかし、見出せなかったからこそ、母親の言葉に衝撃を受けた。老人の言葉など笑い飛ばしていた中条だが、母親の発したこの言葉は記憶の片隅に太文字で刻まれたことは確かだ。

 社会人2年目の春、同じ課に配属された新人の片桐舞が猛烈にモーションをかけてきた。中条に婚約者がいることを知っての行動だった。何故なら、洋子はしょっちゅう会社に電話を掛けてきたし、中条もそれが婚約者だということを隠したりしなかったからだ。
 舞は、男性社員達の一躍アイドルになるほど可憐な女性だった。そのやや大きめでふくよかな唇は、どこかエロチックな印象を与えるが、子供のような無邪気な一面を併せ持ち、何とも不思議なフェロモンを発散させていた。
 その舞からモーションを掛けられたのだから、中条も悪い気はしなかったが、洋子を裏切る気はなかった。しかし、舞の積極性は徐々に中条の心を開いていった。そして或ることをきっかけに、中条は一歩舞に近づくことになる。
 それは、中条が舞ともう一人の部下に、急遽残業を頼んだ時に始まる。翌日の会議資料が間に合いそうもなかったのである。これに舞が唇を尖らせて抗議した。
「主任、残業なら残業と前もって言ってくれなきゃ困ります。だって今日、叔父が、この
 先の四丁目に勤めているんですけど、私と恵美にステーキをご馳走してくれることになっ
 ているの。ねえ、恵美」
 恵美が眉を上げにこにこしながらそれに応える。叔父さんの話は怪しいとは思ったが、ここは下出にでるしかない。
「そう言わず、頼むよ。この埋め合わせはするから」
 舞は、この言葉を聞いて目を輝かせた。
「本当、主任、本当なんですね。じゃあ、その店、今度予約してもいいかしら
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