第八章 望郷の小夜曲
第五話 燃える心
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が、そのことについて指摘することなく、ただアンリエッタの問いに答えた。
「いえ、名前は言ってはおりませんでした」
「そう、ですか」
初めて会った時から感情と言うものを感じさせなかった声が、今は微かに耳を震わせるだけだというのに、痛い程その声に満ちる感情が感じられた。砂漠で遭難した者が、目の前に流れる川が幻か本物かどうか尋ねるような、期待と不安が混ざる声。
もしや知り合いかと眉を寄せるホーキンスだったが、今はアンリエッタを引き止めることだけに集中しろと頭を切り替える。
「しかし、保身に走る将軍の気質は何処の国でも変わらぬものですな。いや、ただ事実が信じられないだけなのかもしれません。何せたった一人の男に七万の軍勢が敗走に追い込まれたなど。わたしも自身で経験しなければ、欠片も信じられなかったでしょうから」
ホーキンスの言葉に間違いはなかった。何故、間に合わないはずの連合軍の撤退が間に合ったのか、来るはずのアルビオン軍が来なかったのか、その調査を連合軍がしないわけもなく。戦争終結後、連合軍の各国はアルビオンにその理由を求めた。しかし、その返答は、一人の騎士によって敗走したと言うものであった。そんな話しが信じられる筈もなく、各国は独自に調査を進めたが、そのどれもがその返答を裏付けるだけの結果となった。しかし、いくら何でもそんな話が信じられるわけのなく、いや、例えそれが真実であっても、たった一人の騎士によって一国の軍が敗れたなどの話は認められる理由がなく、各国は示し合わせたかのように、それについては表向き、アルビオン軍が何らかの理由で行動不能になったことからロサイスへの到着が遅れたとし、忌避するように、その話について関わろうとしなくなった。そのため、アンリエッタの元に上げられた報告も、当たり障りなく作られた報告であったため、アンリエッタが真実を知ることはなかったのだ。
「そのひとは……どうなったのですか?」
「分かりません。彼に腕を切り飛ばされた後のことは、わたしは気を失いましたので。しかし、副官の話によると、逃げる我らを追うことはなかったとのことです。わたしの最後の記憶では、確かに全身傷だらけでしたが、致命傷と思えるようなものはありませんでした。ですから、既に帰国したものと思っておりましたが、そんな話は全く耳に入っていませんでしたので、そのことを聞こうと思ったのですが」
「いき……てる……あの方が……生きて」
ホーキンスの視線の先では、アンリエッタの華奢な背中が大きく震えていた。明らかに動揺した声で、繰り返し同じことをつぶやき続けている。その声は、会議を淡々と進める中、えぐい程自国の利益を手を伸ばした女の姿とは思えない程だ。
「―――その様子ですと、知らないようですな。かの英雄がそう簡単に死ぬとは思えません
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