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この世を最も笑わせるもの
第三章

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 何処の事務所にも所属していない、しかもだ。
「あれっ、この職業は」
「調理師?」
「コックさんですね」
「ええとヘルシンキのレストランでコックさんですか」
「じゃあ素人さんのお笑いでしょうか」
 審査員達は彼のプロフィールの職業欄を見た。
「ううん、得意料理はジャガイモ料理に」
「そしてスープですか」
「それも暑いスープが得意ですか」
「名前はマッティ=カタヤイネンさん」
「いい名前ですね」
 第二次世界大戦中のフィンランド空軍のエースの名前だ。フィンランド人の間では今もエースとして知られている。
「それでこの人が?」
「芸を見せてくれるんですか」
「どんな芸なのかな」
 サルヤネンも首を捻って彼の経歴を見ている。
「このカタヤイネンさんのは」
「さっきの日本の落語家さんのお話もよかったですが」
「それでもですよね」
「さっきの落語も」
「サルヤネンさんが考えておられる様なのでは」
「なかったです」
 得点は高かったがそれでもだというのだ。
「どうも違いました」
「ですよね、あの人の落語も」
「そうでしたね」
「また別です」
 実際にそうだというのだ。
「面白くても」
「また違って」
「他の感じですか」
「この人はどうでしょうか」
 サルヤネンは舞台に出て来たカタヤイネンを見る、見れば。
 彼は司会者にこんなことを言ったのだった。
「あの、まずは」
「まずはとは?」
「この会場の窓も天井も扉も全て開けて下さい」
「全てですか?」
「はい、全部です」
 そうしてくれというのだ。
「お願いできますか?」
「いえ、ですが」
 司会者は彼の言葉に目を丸くさせて応えた。
「寒いですよ、今」
「はい、冬ですよね」
「それも十年来の寒波で」
 フィンランドでそれだ、それならばだった。
「洒落になりませんよ」
「だからです」
 カタヤイネンは微笑んで司会者にまた言った。
「全開にして下さい」
「会場はあっという間に冷えますよ」
「ですから。だからです」
「寒くてお笑いどころじゃないですけれど」
「皆さん絶対に笑って頂けます」
 カタヤイネンは絶対の自信を以て言い切る。
「ですから」
「そこまで仰るのなら」
 司会者も頷くしかなかった、それでだった。
 会場の窓に天井に扉も全て開け放たれた、そしてその十年来の寒波が会場の中とそこにいる観客達を襲った。
 雪こそ降っていない、だが。
「さ、寒い!」
「これはきつい!」
 現地のフィンランド人達はおろか同じく寒い国にいるエストニア人達やスウェーデン人達からしてもだった。
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