第一幕その五
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第一幕その五
ファウストの家は極めて質素だった。彼の部屋もである。あるのは書と様々な研究道具だけである。他には何もなく彼の部屋も窓と扉、それに机以外には書があるだけである。本棚は一杯でうず高く積まれてもいる。そんな部屋の中に彼は一人でいた。
「夜の忍び寄る野から牧場から」
彼は机に座り書を手に呟いていた。
「物音が絶えた小道を帰ると私はここで安らぎと深い静けさと聖なる神秘に満たされる」
そのことに満足しているのだった。
「胸の中の激情は収まり静かな忘却となり」
そしてその言葉を続けていく。
「ただ人への、神への愛が私の心に熱く燃える。野から牧場から帰るとひたすら福音の書に惹き付けられて私は物思いに耽る」
こう言っているとであった。何時の間にか部屋の中に彼がいたのであった。
「君は確か」
それはあの灰色の僧侶であった。彼がいたのだ。
「あの僧侶か」
僧侶はフードの中の顔を静かに頷かせた。それだけであった。
「何故ここに。若しやだ」
その不吉な印象からすぐに察したのであった。
「悪霊か。それとも亡霊か」
「いえ」
ここでその僧侶ははじめて口を開いてきた。そうして言うのであった。
「どちらでもありません」
「どちらでもないというとだ」
「まずはです」
こう言ってであった。その法衣を取る。するとあの赤づくめの紳士が出て来たのであった。
「はじめまして、博士」
「洒落た服だな」
「今のお気に入りの格好でございます」
恭しく一礼しての言葉である。
「私の」
「君のか」
「左様です」
「それで君はだ」
ファウストはその彼に対して問うのだった。顔は自然に怪訝なものとなっている。
「何者なのだ」
「その質問は愚問かと」
「愚問だというのか」
「左様です。言葉の議論よりも」
生粋の学者であるファウストへの言葉である。
「物事の本質を信じれおられる方としてましては」
「名前には本質を示す効能がある」
「それは知っています」
「ならばだ」
ここまで話してまた彼に問うのであった。
「君は何者だ」
「では名乗りましょうか」
「うむ」
「私はです」
ここでようやく名乗りだしたのであった、それは。
「常に悪を考えながら」
「悪をか」
「善を行うあの力を具現化する力の一部分です」
「善をか」
「そうです。悪を考えてです」
明らかにファウストを試す言葉であった。
「さて、私は何者でしょうか」
「おおよそのことはわかった」
ファウストは男を見据えながら述べた。
「しかしだ」
「しかし?」
「君の口からそれを聞きたい」
微笑んでその赤い紳士に告げた。
「是非共ね」
「おや、私を試されているのですか」
「それで怒るならそれでいい」
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