第一幕その四
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第一幕その四
「酒は幾らでもある」
「幸せもまた」
「それはこの世にある」
「さあ飲もう」
こうして飲んでいってである。さらに話すのであった。
「踊ろう」
「皆で楽しもう」
「これからも」
彼等は楽しんでいた。それが逆にファウストは。寂しい顔で自分の家に向かっていた。そこでまたワグナルが彼に声をかけてきたのであった。
「博士」
「どうしたんだい?」
「もう夕暮れですね」
時間のことを言ってきたのだ。世界は赤くなっていた。ファウストが先程褒め称えたその太陽は沈もうとしていて赤い光を放っていた。
その中にいてだ。さらに言う彼であった。
「もう亡霊達の時間です」
「そうだな」
「そして地上に霜が立ち込めます」
「春だというのにな」
「春でも黄昏です」
晴れやかな時は終わる。そういうことだった。
「ですから」
「家に戻るか」
「そうだな。ところで」
「ところで?」
「何か妙なものを感じないか」
こうワグネルに言ってきたのである。
「どうも」
「そうでしょうか」
「誰かがいる」
こう言うのである。
「あそこにだ」
「あそこにですか」
「そうだ、野原にだ」
ファウストは野原を指差していた。今は赤い光に照らされているその野原をである。そこを指差してそのうえで言っているのであった。
「灰色の服を着た僧侶をだ」
「何も見えませんが」
だがワグナルはこう返して首を傾げるだけだった。
「別に何も」
「いや、見えていないか」
「そう言われれば」
ここでワグナルも見た。そのフードを被った僧侶にだ。見れば確かにそれはいた。一人の原を彷徨うようにして歩いているのであった。
「あれは」
「妙な動きだな」
ファウストはその彷徨う僧侶を見て呟いた。
「妙な歩き方をしている」
「ただ彷徨っているだけでは?」
「いや、違うな」
そうではないというのである。
「あれはだ」
「あれは?」
「一見彷徨い朧な螺旋を描いているようで」
「そうではないと」
「そうだ、違う」
また言うファウストだった。
「こちらに近付いて来ている」
「そうなのですか」
「何か蜘蛛か」
「蜘蛛ですか」
「そうだ、蜘蛛だ」
それだと言う。
「罠を仕掛ける様な動きだな」
「ですからそれは気のせいでは」
「だといいがな。それではだ」
「はい、帰りましょう」
「家までな」
二人はそのままファウストの家に帰って行った。その後ろでは街の人々の賑やかな声が聞こえてきていた。二人のその後ろからあの灰色の僧侶がついてきていた。
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