第三章 暗い過去
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カーに乗り込むところだった。桜庭は、泉美
に気付かれぬよう電柱の陰に隠れた。
パトカーが去っても、隣近所の住人が鵜の目鷹の目で玄関のあたりを窺っている。城
島は煙草を取り出し、煙草に火をつけた。取り返しのつかない事態なら、警官が立ち去る
はずはない。香子も子供も無事だと確信した。次第に野次馬達も諦めてねぐらに戻り始め
た。
桜庭がドアベルを押し、家の中に入ると、香子は玄関に立って待っていた。その腰に、
二人の子供が抱き付いている。桜庭の出現に、香子は子供の存在を忘れたようだ。一人、
飛ぶように桜庭に抱きついてきた。そしておいおいと泣いている。
二人の子供はあっけにとられ、戸惑っている。桜庭は、微笑みかけ、そして手招きし
た。二人の子供も桜庭に抱き付いてきた。怖かったのであろう。「よしよし、もう心配な
い。おじさんが来たのだから」こう言うと子供はしゃくりあげながら泣き始めた。
その日、子供達を寝かせつけ、二人は愛し合った。今までにない激しい抱擁だった。
香子は狂ったように桜庭を求め、桜庭はそれに応えた。異常な興奮が二人を包んでいる。
ライトの点滅がまだ二人の網膜から消えてはいなかったのだ。
呼吸を整えながら、桜庭が言った。
「あいつは墓穴を掘った。刑事事件を起こせば、離婚には不利だ。たぶん」
「そうね、離婚届に判を押させるには良いチャンスかもしれない。嬉しい。これであなた
と一緒になれるかもしれない」
「ああ、明日、弁護士に相談してみるよ」
「ええ、そうして」
「ところで、二人とも可愛いじゃないか。確か上の子は小学4年生だったよね」
「ええ、香織っていうの。下の子はまだ3歳、詩織よ。二人とも可愛いの。女の子でよか
った。私、男の子は嫌い」
「しかし、子供って本当に可愛いな。詩織ちゃん、僕になついて、膝を離れようとしなか
った。子供達ともうまくやれそうだ」
「ええ、私もそう思うわ。ふふふふ」
しばらくして香子が聞いた。
「ところで、中条は、どんな学生だったの。大学時代のことは少しも話してくれなかった
」
「うん、いい奴だった」
こう言って、桜庭は目を閉じた。過去の厭な思い出に触れたくなかったのだ。びくびくし
て次の質問を待ったが、香子は黙っている。ふと、耳を澄ますとすーすーと寝息が聞こえ
た。桜庭も睡魔に襲われ、夢現のなか、あの事件の情景が浮かんでは消えた。
共犯者の中条翔とは大学の演劇部で知り合った。桜庭がずぼらで大雑把な性格である
のに対し、中条は几帳面で神経質、どう考えても水と油だった。しかし不思議な縁で結ば
れていたのか、或いは互いに片親だという共通項があったからか二人は妙に気があった。
大学の4年の夏休み、最後の公演も終わり、二人は九州に卒業旅行に出かけた。
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