第一章 悪友
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んなこと信じられないわ。でも何で?」
「それが分からないんだ。そいつは俺が死んだはずだって言った。つまり、死んだはずの
人間が尋ねてきたもんだから、驚いて正気を失ったのかもしれない」
「でも、そんなことで気が狂うほど驚いて、自殺するかしら。誰かから、あいつは死んだ
と聞かされていても、本人が現れれば、あれー、お前死んだって聞いたけど、とかなんと
か言って、それで終わりよ」
「ああ、その通りだ。まったく、何故あいつが自殺したかさっぱり分からない」
こう言った瞬間、ふと、あの事件のことが脳裏をかすめた。あの事件が引きがねとなった
可能性は否定出来ない。桜庭と同じように、あの日、中条も時効成立を祝ったであろう。
そして忘却の彼方から共犯者が現れ、自制心を失ったのか?
或いはあの少女が……。ガラス越しの深い闇の彼方からふわっと少女の面影が浮かんだ。
心臓の鼓動が聞こえそうなくらい高鳴った。慌ててその面影を手で払いのけ、頭を強く横
に振った。泉美が水を満たしたコップを運んできた。そして言った。
「でも、大学時代の友人なんて聞いたことなかった。そんな親しい人がいたなんて、あん
た一言も言わなかったじゃない」
桜庭は恐怖から立ち直り答えた。
「ちょっと厭なことがあってな、卒業後は付き合っていなかった。でも、本当に気の合う
奴だった」
「何ていう人、その人」
「中条っていう。中条翔。本当に良い奴だった」
泉美はくるりと踵を返し、台所に消えた。暫く音沙汰なかったが、洗物をしているらしい。
こんな夜に、洗物? 不思議に思ったが、気にもとめず水を一気に飲んだ。考えてみれば、
女房とこんな普通の会話を交わしたのは久しぶりであった。
台所から声が聞こえた。よく聞き取れず、怒鳴った。
「おい、何て言ったんだ」
ややあって、泉美が大きな声で聞いた。
「その人、何処に勤めていたの」
「三和自動車だ。そこの総務部長だった」
「へー。」
会話はここで途切れた。
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