第一章 悪友
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。どうぞ」
秘書がドアを開け、そのままの姿勢で待っている。桜庭はアタッシュケースを引き寄せ、
おもむろに立ち上がった。中条にCM枠の一つくらい買わせるつもりだ。もし言うことを
聞かなければ、あのことを匂わせてやってもよい。たとえ時効が成立したとはいえ、やっ
たことの責任は消えないのだから。
秘書が重厚なドアを外側から開け、総務部長室に入るように促している。桜庭も鷹揚に
頷き、歩を進める。秘書と目が合った。美人だがどこか冷たい表情が、一瞬、桜庭を不安
にさせた。そんな思いを振り払い、桜庭がドアの内側に顔を覗かせた。
中条は昔のままの顔でそこにいた。桜庭はにやりとして室内へ一歩入った。中条の顔が
一瞬にして歪んだ。そしてうわずるような声を漏らした。
「お前は、死んだはずだ。な、な、何故……」
絶句したまま唇を震わせた。まるで幽霊にでも出会ったように驚愕の表情のまま固まって
いる。桜庭は秘書の方をちらりと見て言った。
「おい、おい、俺が死んだなんて誰から聞いた? 俺は確かにこうして生きているよ。そ
れに、こちらの秘書の方に電話して、俺の名前を言ったはずだ」
見る見るうちに中条の顔は、恐怖で引きつってまるで別人のようだ。椅子から立ちあがり、
よろよろと桜庭から逃げようとする。足元がおぼつかない。机の上の水差しがガチャンと
いう大きな音をたてて倒れた。桜庭はあっけにとられ、見ているしかなかった。
部長室の物音に驚いて、秘書が桜庭を押しのけ部屋に入って来た。秘書は思わず手を口
に当てた。異変に気付き、中条に声を掛けた。
「部長、どうなさったのです。桜庭様です。サンコー広告の桜庭課長です。アポイントは
頂いております。部長にもそう申し上げました。……」
中条は、這いつくりばりながら窓に向かった。レバーを握って、窓のガラス戸を開けよう
としている。ようやくこじ開けると、そこに右足を上げ這い登った。秘書の悲鳴が響く。
その声に振り返り、中条は恐怖に歪んだ顔を桜庭に向けた。
その目は桜庭に救いを求めるかのようだ。その顔が奇妙に歪んだ。頬は恐怖に震え、唇
には泡を浮かべている。レバーを握った手の指が一本一本離れてゆく。中条の視線が自ら
の指に注がれ、絶望がその顔に広がった。
次いで中条の視線は深い谷底へと向けられた。桜庭からその表情は見えない。その体が
スローモーションのごとくゆっくりと傾き、奈落の底へ落ちてゆく。「ぎゃー」という悲
鳴が次第に遠のいた。19階のビルから、中条が飛び降りたのである。
桜庭は唖然として見ているしかなかった。秘書は悲鳴を上げながら窓に近寄った。窓か
ら下を見下ろしていたが、しばらくして腰が抜けたようにへたり込んだ。桜庭は咄嗟にこ
こに残るのは得策ではないと判断し、必死の思いで
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