第一章 悪友
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気風の良い親分肌で、頼られるとどんなことでも
人肌脱いでしまう。桜庭はそんな母親に愛情と憧れを抱いていたのだ。
だからこそ、自分の伴侶にも母親の面影を求めた。しかし、そんな女性が何処にでもい
るわけではない。結局、経験を積んだ年上の女性が一番それに近かったのだ。桜庭は母親
にこう言って説得にかかった。
「泉美は母さんに良く似ているんだ。この年になるまで、僕は母さんのような女性を探し
てきた。そして漸く巡り合えたんだ。泉美は、性質も雰囲気も母さんにそっくりなんだ」
この時、母親は既に68歳になっており、若かりし頃の面影は皺の中に埋もれていたの
だが、確かに泉美は母親の若き日を彷彿とさせる何かを持っていた。桜庭は目に情愛を滲
ませ、じっと母親の目を見詰めた。
精一杯厳しい顔つきをしていた母親は、一瞬相好を崩しそうになるのをようやく堪えた。
もうひと息だと思った桜庭は、最後の台詞を吐いた。
「母さんと結婚するわけにはいかないだろう。だからせめて似た人とそうしたかった。分
かってくれよ、母さん」
母親は俯いて、ふーと息を吐いた。しばらくして顔を上げるといつもの優しい顔に戻って
いる。そして微笑みながら言った。
「あんたには負けたわ。分かった。認めてあげる。そこまで言われたら、反対出来ないも
のね。じゃあ、認めてあげるから、そのかわり、すぐにでも子供を作りなさい。私、早く、
孫の顔が見たいの」
桜庭は母親と視線を合わせ、にこりとしてその手を握った。桜庭が30歳の時である。
結婚当初、泉美は多少肉付きの良い方だが、肉感的で十分魅力的だった。ボリュウムの
あるその肉体に桜庭は溺れた。母親のおっぱいをまさぐる乳飲み子のように、桜庭は泉美
を片時も離さなかった。しかし、幸せとはそう長続きしないものなのだ。
泉美の妊娠を知って、桜庭は心から喜んだ。と同時ににんまりもした。母親も結婚は許
してくれたものの、どこかにわだかまりがあるらしく、それまでと打って変わって、財布
の紐をしっかりと締めてしまった。
桜庭はお金にルーズで、独身時代から給料だけでは足らず、母親に小遣いをせびるのを
常としてきた。それがぱったりと途絶え、経済的に青息吐息に陥っていたのだ。しかし、
もし子供好きな母親に赤ん坊の顔を見せれば、それも一挙に挽回できる。
二人は子供の誕生を心待ちにし、指折り数えた。泉美は幸せの絶頂だった。桜庭はそん
な泉美をいとおしく眺め、いたわり、家事までやってのけた。しかし不幸は突然やって来
た。流産だったのである。しかも、泉美は子供の出来ない体になってしまったのだ。
勿論、桜庭もがっくりしたが、泉美の落胆ぶりは見ていられないほどであった。その日、
二人は病院の一室で抱きあって泣いた。泉美が不憫でなら
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