十二話 「蟲」
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界が白く染まりきり、一度深呼吸をして何度か瞬きをする。目もこするが視界が戻らず、一層頭痛が酷くなり今にも頭が割れそうなほどに痛む。痛みはそのまま際限なく増し、頭の中で鳴る音が耳を塞ぐ。
あの霧の中のような白の世界で、なのに不思議とおっさんの声だけが耳に届く。
それは、どこかで聞いたことのある話。
「イタズラをしたり、しなかったり。父親の趣味である絵を真似し、母親の手伝いをよく手伝う優しい子だとも言っていた。親の仕事である忍者への関心もあって真面目に、熱心に鍛錬に打ち込んだと。飲み込みの良さと真面目さはそこでも役に立ち幼子にしては凄い早さでその成果を身につけていった。まるで、自分たちの見えないところでもやっているようだと。
そんな子供だが、一つだけおかしなところがあった。自分の名前をちゃんと書けなかったらしい。馬鹿な話だよな。そこまでのガキならそんなことくらい簡単なはずだってのによ」
体の感覚が消えていく。立っているのがわからなくなっていく。上下前後さえ分からない、あの水の下の世界が戻ってくる。
聞こえる声を止めたいのに、聞きたくないのにその方法がわからない。
――ジクジクジク……ジクジクジク……■■■
痛みは声に。虫の声が、脳の中を何度も何度も巡り始める。その話を聴けと。あの始まりを思い出せと。
罪を忘れるなと。
どの分際で、少女にあんなことを語ったのだと。
「その子供が生まれたのは霧の強い日だった。窓から見える夜空は暗く、月も余り見えなかった。だがその子供が生まれたとき空には月が顔を出し、霧に霞んで柔らかく光っていた。それはまるで、月が衣を纏っているような朧月だったと。その月の下に生まれた子だと、衣の横に人を立たせ名を付けた」
霧の中、首元に突きつけられた言の葉の刃。それが顔を出し目の前に。
「子に付けられた名は依月。天白依月だ。ずっと思ってけどよ、なあ、おいイツキ――」
「――お前、誰だよ」
痛みが途切れたのがわかった。頭で鳴る音が限界を超え、ぐらりと体が傾いたことも。
気がつけばその刃に首を晒し貫かれていた。
溢れたのは血でなくかつての記憶。晒されたのはグジュグジュになっていた体の中身。肉と骨で誤魔化していた、溶けたその内側。隠しきることなど、出来なかった。
気がついた時には俺の体は床に倒れ、意識は段々と薄れ始めていた。
もう遅いのだと。もう戻れないのだと、そうどこかで誰かが呟いた気がした。
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