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弱者の足掻き
十二話 「蟲」
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か。いい名前だ。そうだよな、言ったことあるんだよな。俺が忘れていただけだ。俺は馬鹿だ。何で、何で忘れてたんだ。俺が気づかなっただけで、バカだっただけだなんだ。悪い」

 名前を忘れるなんて、何て馬鹿なことをしたんだ俺は。
 たらりと。一雫の何かが溢れるのが、俺には見えた気がした。聞こえる声が、くぐもった気がした。

「ッ……いつも、そうなんだ。何度も聞かれて、何度も忘れられちゃう。だからいつも、いつだって私は『お前』とか『そこの子』とかって。……いい名前だと思うよ。お父さんたちがつけてくれた、大切な、私を示す名前。だから、私には似合わないんだきっと。私は、何も出来ないから」
「もう絶対に忘れない、約束するよ。だから、そんな悲しいこと言うのはやめてくれ。大事な名前なんだろ。なら否定しないで胸を張ってくれよ。きっと、きっと自分でも似合うと思えるようになるから。無理なら手伝うし、助けるからさ」
「ほんと……? 助けてくれる?」
「ああ、約束する。絶対に助ける」

 自分に向かう縋るような視線に力強く頷く。
ああ、きっと今、俺は酷い顔をしている。そんな視線を向けられる権利などないというに。
 少女はえへへと嬉しそうに笑い、俯いていた顔を上げ俺を見る。

「ありがとうイツキ君。ちょっと気が楽になったよ」
「そりゃよかった」
「でも、ちょっと今の変だったよね。私に言ってるんじゃなくてまるで、イツキ君がそうであって欲しいって思っているみたいだなって私思っちゃった。変なの」
「……気のせいだ」
「だよね。イツキ君の顔、とっても辛そうだったからそう思っちゃった。……そろそろお別れだね」

 最後の分かれ道。目尻を少し赤くした少女――チサトはタンっと地を蹴り、イツキから一歩離れる。俺はその背中に声をかける。
 どうしても、それはだけは聞いておきたくて。言っておきたくて。

「なあ……あの時言ってた憧れはまだ残ってるか?」
「憧れ?」
「皆を引っ張れる様になりたいって言ってたろ。水の国にも、行けたら行きたいって」
「ああ、そのことね」

 振り向いた少女は手を後ろで組み、少し考える。

「あるよ、私の中に。今日のことがあって、夢になっちゃった。誰かの後ろにいるんじゃなくて、自分で考えて、前で動く。誰かの為に、誰かと一緒に。そんな風になりたいな。手伝ってくれるんでしょ?」
「……そうか、夢になったのか」

 どうすればいいのか、どうすべきなのか。
 堂々巡りの脳内。何も答えが出てこない。
 けれど、せめてこれだけは。

「なら、これが最後忠告だ。出来る限り早くこの国を離れた方がいい。可能なら一、二年のうちに。チサトだけじゃない、カジも、あいつらにも言っておいてやってくれないか」
「前も同じこと言ってたよね。
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