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剣の丘に花は咲く 
第八章 望郷の小夜曲
第四話 ハーフエルフの少女
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呟くような小さな声が、初めて士郎の口から溢れた。士郎の問いに、ティファニアは士郎の肩に寄せた頭を小さく振ることで答えた。

「いいえ。誰も助けには来てくれませんでした。わたしを助けてくれたのはルーンです」
「ルーン?」

 士郎が訝しげな顔を浮かべると、ティファニアは懐から古びた小さなオルゴールを取り出した。

「このオルゴールは、父が管理していた財宝の一つでした。父は、これは王家に伝わる秘宝だと言っていましたが。ずっと屋敷に閉じ込もっていたわたしにとっては、おもちゃみたいなものでした。このオルゴールは開けても鳴らなかったので、最初は壊れているのかと思っていたんですが、ある時気付いたんです。同じように秘宝と呼ばれる指輪を嵌めてこれを開けると、曲が聞こえるとに」
「曲?」

 士郎の視線が古びたオルゴールに移る。オルゴールには、特に何か特徴というものはなく、そこらの露店で売っている物と代わりはない。

「はい。不思議なことに、その曲はわたし以外の人には聞こえないんですが、その曲を聞いていると、歌と、ルーンが頭に浮かんでくるんです」
「歌とルーン……」

 ティファニアの言葉を口の中で繰り返す士郎。士郎の脳裏には、目の前の古びたオルゴールに重なるように、古びた本の姿が映っていた。
 士郎の胸の内では、ある予感が渦巻いていた。

 ―――似ている……。
 これは偶然か?
 秘宝と呼ばれる指輪―――祈祷書―――オルゴール―――。
 特定の人物のみに応える……王家の秘宝。
 
 士郎の中で、急速に違和感が形を整えていることに気付くことなく、ティファニアの話は続く。

「わたしは……クローゼットを開けた兵士たちに向かって、無意識にそのルーンを唱えていました」
「兵士はどうなったんだ?」
「……そのルーンの効果は、記憶を奪うというものでした。ルーンを受けた兵士たちは、自分たちが何をしに来たのかということを忘れ、そのまま去っていきました」

 小さく息を吐くと、ティファニアはグラスにワインを注ぎ、それを一気に飲み干した。ティファニアの視線は、風に揺れる湖のようにゆらゆらと揺れている。真珠のように白い肌は、ワインで喉を潤す度に紅く染まり。瓶に入っていたワインの半分が消えた今は、家の玄関にかけられたか細い明かりの下でも、ハッキリと分かるほど紅く染まっていた。

「生き残ったのは、わたしと、父の部下だった貴族の娘さんだけでした。……その人がいなければ、わたしは今ここに居なかったとおもいます。本当に……迷惑を掛けてばかりで……父が死んでしまって、わたしに構う必要なんてないのに……わたしと同じように、家族が全員死んでしまったのに……いつもわたしのことを考えてくれて……この村に連れてきてくれたのも……その人……姉さんでした」
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