第二十章
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石田から電話をもらい、晴海が無事と聞いて、心に巣くっていた不安と焦燥が一瞬で消えた。小野寺は石田の電話を切ってからも、それを幸子に伝えられる喜びで、浮き立つ思いは押えようがなかった。震える指でダイヤルを押した。
幸子と話すのは何年ぶりになるだろうか。愛想を尽かされても仕方がないことをやった。幸子は金に執着を持たない女だが、さすがにあきれ果てていた。互いに憎みあうことはなかったが、結局あのことが契機となって、二人を結びつけていた糸がぷつんと切れた。
晴海に冷たいという非難は、説明不能なのだから、無視せざるを得なかった。二人の溝が深まったのは、晴海がぐれだし外泊を繰り返すようになった頃だ。あの時、もっと親身になって相談にのっていれば、あそこまで亀裂が広がることはなかった。とはいえ、晴海の携帯を盗聴したり、ノボルを張ったり、裏ではそれなりに努力していたのだ。
その溝は、今となっては埋めようもないが、それでも二人がかつて共有したぬくもりに触れてみたいという思いが、小野寺の心を浮き立たせた。まして幸子が待ち望んだニュースだ。呼び出し音が響く。心ときめかせる。しかし、受話器から聞こえたのは男の声だ。
「はい、もしもし、小野寺です。もしもし、もしもし。」
その声に聞き覚えがあった。まさかという思い。過去の記憶へと神経経路が辿る。愕然として受話器を落としそうになる。一瞬にして奈落の底に突き落とされた。受話器を握る手が震えているのが分かる。小野寺の怒りが爆発した。
「きさまー、許さんぞー。幸子をどうしたんだ。春代に指一本触れてみろ、殺してやる、絶対に殺してやるぞ。」
その後、何を叫んだか覚えていない。一瞬にして正気を失っていた。男は小野寺の罵詈雑言を静かに聞いていた。そして、怒りの言葉が尽きる頃、小野寺は自分の弱い立場に思いあたった。怒りを収め、今度は泣きながら哀願していた。
「たのむ、助けてくれ。二人の命だけは助けてくれ。俺はどうなってもかまわない。もう、死ぬ気でいたんだ。晴美の命とひきかえに死んでもいいと思った。頼む二人を助けてくれ。」
ようやく男が口を開いた。
「小野寺さんよ、そっちがその気なら、こっちも考えてもいい。あんたもようやく素直になったようだ。晴美さんだって例のブツさえ手に入れば、返すつもりだった。それをあんたが余計な手を使うからこうするしかなかった。分かるか。」
「分かった。二人は無事なんですね。」
急に丁寧語になっている自分に気付かない。誇りも何もあったものではない。晴美同様、二人を自分の命に代えても守らなければならない。
「当たり前だ。傷つけるつもりはこれっぽっちもない。いいか、良く聞け、お前が例のものを渡せば、その場で二人を放す。お前の命をとろうとも思ってもいない。ブツが本物だと分かれば、二
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