第十三章
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抱き始めていた。
この男との出会いがもたらしたものは正に破滅への道だった。その破滅から逃れる為には、男の要求に応えなければならない。男と知り合ったのはほんの1ヶ月前のことだ。
石川警部は石神井の事件を解決した手腕と例の榊原を怒鳴り付けたという度胸を買われ、駒田課長から目を掛けられていた。榊原の不穏な動きが始まって、坂本警部と石川警部が呼ばれ秘密の指令を受けた。しかし、坂本は榊原に常に裏をかかれた。
そんな時、あの男が石川に近づいてきたのだ。いつものバーでグラスを傾けていた。カウンターの席はがら空きだった。にもかかわらず、その男は石川の隣の席に座ろうとしていた。石川の冷ややかな視線に動じる気配はない。
艶のある福福しい顔が前の鏡に映し出された。知った顔ではない。大柄な体をのっそりと動かして小さなストゥールに座ろうとしている。体が触れて石川の肘を押す。石川は鏡に向かって不快感を顕にしたが、男はにやりとしてそれに応えた。
「申し訳ありません。石川警部。」
石川は驚いて男に顔を向けた。その視線をやりすごし、男は柔和な笑顔で再び口を開いた。
「坂本警部やその部下の二人のデカ長さんと、よくかち合うんですよ。でも榊原さんはいつも尾行を振り切っていた。顔を知られた人間が尾行しても、うまくいかないのは道理だ。しかし、デカがデカを尾行しているのを不思議に思いましてね。」
石川は緊張で言葉が出ない。もともと小心者なのだ。男は何食わぬ顔で続ける。
「私は或る人から頼まれて榊原さんの行動を探っている私立探偵です。デカを見張るなんて仕事は初めてですがね。」
男はぺらぺらとよく喋った。石川も漸く落ち付きを取り戻し、刑事であるといういつもの誇りが頭をもたげはじめた。男のお喋りを右手で遮り、口を開いた。
「おい、あんたのやっていることは公務執行妨害に抵触することにもなり兼ねないぞ。」
低いどすの利いた声に満足しながら男を睨み据えた。
「別に公務の邪魔なんてしてませんよ。女性関係を洗っているだけですから。それより面白い情報をさしあげましょう。」
「おい、待て。何で刑事が私立探偵から情報を貰わなければならないんだ。」
「まあまあ、そうかりかりしないで下さいよ。私としてはこんな商売してますから、刑事さんと仲良くやりたいわけですよ。」
こうした成り行きでこの男、猿渡との付き合いが始まったのだ。
石川警部の鼓膜には未だ駒田課長のヒステリックな怒鳴り声が響いている。あたふたと猿渡の事務所に駆け付けると、いつものように、にこにこしながら「節っちゃん、コヒー三つ」と女性事務員に声をかけた。女性は週刊誌に目を落としたまま電話に手を伸ばした。
石川はソファに腰掛けるのももどかしく、息せき切って詰問した。そして猿渡
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