第十二章
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な墓を叔母さんに使っちゃたんだ。」
「そうだ。だけど、おじいちゃうんは何も言えなかった。叔母ちゃんの葬式の時、明叔父ちゃんがわんわん泣いていたの覚えているだろう。だから、おじいちゃんは心の中で、自分のために用意した墓を叔母ちゃんに譲ったんだよ。」
父親は祖父のいたずらだと言ってのけた。単なる偶然とは言わなかった。中学生だった石田にとってそれは世の真実のひとつとして素直に受け入れることができたのだ。
大学に入って唯物論や機械論的宇宙論に接したが、全く馬鹿馬鹿しい空論としか感じなかった。真理に触れたことのない人間が作り出す理論は、理屈っぽくてぎすぎすとしている。目を閉じ素直に感じることの方が大切なのだ。
経験はその人間の世界観や価値観を決める大事なエレメントなのだが、既にそれを確立した人間は、その貴重な経験さえ記憶の片隅に追いやってしまう。実を言うと、半年後、父親はその逸話のことを全く覚えていなかった。直後の素直な感想は、常識という壁を越えられず、理性によって記憶は消し去られていたのである。
石田は、和代も両親もあの世で幸せに暮らしていると信じている。にもかかわず、憎しみを克服出来ない理由があった。それはこの世で受けた苦しみは、この世で返さなければならないという強い復讐心があるからだ。
そこは中野の小さな飲み屋である。店の親父が無口なのが気に入った。カウンター越しに目も合わさず肴を置く。刺身が新鮮で安い。小さな店にありがちの馴染み客同士の仲間意識も希薄で、一人ぽつねんと酒を飲むにはもってこいである。
石田は杯の最後の一滴を飲み干し、席をたった。相当に酔っていて、足元がふらついている。ガラス戸を後ろ手に閉めて、細い路地を歩き出した。このあたりは中野駅南口から歩いて5分だが、細い路地に囲まれた住宅が広がっている。
しばらく歩いて、大通りのサブナードに通じる太い道に出た。ここも何軒か商店や飲み屋はあるが、まだ住宅街が続く。ふと見ると、道の端にワゴン車が止まっている。その横を、石田が酔った足取りで擦りぬけようとした時だ。
ワゴン車の後方から一人の男が、するりと石田の背中に回った。と、前からもう一人の男が現れた。後ろの男はいきなり石田を羽交い締めにして、前から現れた男が距離を一挙に詰め、石田の腹に拳を叩き込んだ。と思ったが、その男は後ろにのけぞって倒れた。石田の前蹴りが前の男の鳩尾を突いたのだ。
石田は、羽交い締めする男の首筋に肘打ちを繰り出すが、男の力は思いのほか強い。それでも何度か繰り返すと、男が、「うっ」とうめき声を発して、よろめいた。石田は振り向きざま男の股間を蹴り上げ、前のめりになった男の腹に膝を叩き込んだ。男は一瞬にして気を失った。
いきなりワゴン車が急発進し、軋みをあげて路地を曲が
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