第十章
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話が鳴った。瀬川からだ。受話器を置くと、榊原は、「ちょっと出かけてきます」と声を掛け、席を立った。何処に行くのかなどと聞かれることもない。「お受験、せいぜい頑張れよ」と声を掛けたい気持ちを漸く押さえた。
今、警察機構は縮みの構造になっている。外に向けるべきエネルギーの大半を内側に注いでいる。それが日常になると、誰もそれを不思議と思わなくなる。事件捜査も防犯も成果が上がる訳がない。
ましてや、現場で身の危険も顧みず努力しても、それは出世には繋がらないのであれば、危険をやり過ごすのが賢明だ。警察官に最も必要な勇気と覇気は試験制度でふるい落とされる。実績を評価しない組織が腐るのは自明の理なのである。
榊原が向かったのは高崎である。瀬川と駅で待ち合わせをした。実はこの数日で予想だにしない展開をみせたのだ。
坂本警部を通じて情報は上村組長に流れたはずだ。そして、その反応を待った。盗聴法成立以来その対象者は電話連絡に神経質になっている。従って、上村組長自身が何らかの動きを示すと踏んでいたのだ。
そうした思惑で瀬川に上村組長を張らせ、また高嶋方面本部長に頼み、極秘裏に三課から一人借り受けレディースクレジットウエムラの飯島敏明の動向を探らせていた。通常は二人一組で動くのだが、状況がそれを許さないのだからしかたない。
思わぬ展開を見せたのは、瀬川の方だ。噂を流して10日目、一昨日のこと、午後9時、瀬川から連絡を受け六本木に駆け付けた。瀬川の言葉は「来て頂ければ分かります」と歯切れが悪い。指定された飲み屋に入って行くと、奥の座敷に通された。
障子をあけると2人の男に挟まれ、瀬川がお猪口を片手に憮然とした表情で榊原を見上げた。周りにはお銚子が何本も転がっている。
瀬川を囲む2人の男。その一人とは知り合いだった。厚生省の麻薬取締官である。何度かバッティングして互いに競い合った。片目で固太りの中川捜査官がにやにやしながら榊原を迎えた。榊原と同じ年だ。
「よう、警視庁の名探偵。しばらくだな。元気でやってるか。ところで、おまえさんの部下、この野郎にはまいったよ。」
「瀬川が何かしたのか。」
「まあな、それより、この野郎の格好を見ろよ。安物の背広にゴム底靴だ。眼光鋭くデカの看板をしょって歩ってる。こいつがクラブに入って来た時、上村もすぐに気付いて話しを止めちまった。場違いなんだよ、ああ言う高級クラブにはな。」
瀬川が顔色を変えた。
「あんなに暗い室内で、背広が上等かどうかなんて分かるわけねえだろう、靴だって同じだ、馬鹿言ってるんじゃねえよ。」
「馬鹿言え。吊るしかオーダーかなんて目の肥えた人間ならすぐ分かるんだよ。靴だってそんな分厚い革靴なんてあるわけねえだろう。皮、何枚貼ったらそんな厚さになるっていうんだ
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