第六章
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出された。女性がすぐに立ちあがり、給湯室に入っていった。爺さんは相好を崩し出迎え、小野寺は椅子にどっかりと腰をおろすと爺さんの話に耳を傾ける。すぐに破顔一笑し何やら答えた。
どう見てもバブル紳士とはイメージが違い過ぎる。かつてそうであった者が、バブルが弾け、本来の自分を取り戻したとでも言うのだろうか。不動産業者に特有の生き馬の目を抜くような機敏さや抜け目なさとは無縁で、むしろ知的で物静かなタイプと言える。
本当に、妻の財産を無断で借用し、その殆どをバブルに投じて蕩尽したというのはこの男なのだろうか。そして妻に三行半を付きつけられ、家を出た。しかし、この2〜3年、別居状態だが、決して離婚届には判を押さないで頑張っている。何故?晴美の言うように、残された財産を狙っているのか。
当初、愛人がいないはずがないと思っていた。金持ちで端正な顔立ちの男を女が放って置くはずもなく、ましてホモでもなければ何年も女なしで居られるはずもない。そう思って探り始めたのだが、全くと言ってその匂いがしないのだ。
小野寺のマンションに女の影はなく、洋介の1ヶ月に渡る張り込みは無駄に終った。洋介は望遠鏡から目を離し、ベッドに寝転んだ。この望遠鏡を買い込んだのも新たな切り口を探るためだ。事務所を見張って捜査線上に現れていない人物を見いだそうとした。
しかし事務所を訪れるのは昼飯の出前持ちばかりで、年がら年中同じメンバーが決まった場所に陣取っている。皆定時退社だが、小野寺は1〜2時間残業して家路に着く。夕飯は近所の一杯飲み屋で済ませ、マンションの部屋に消えると出かけることはない。12時には灯りも消える。
真面目の典型のような生活だ。味も素っ気もない。顧客と飲む以外は友人と会うでもなく、まして愛人もいない。年に何回か仕入れのため海外出張するらしいが、そこで発散しているのかもしれない。しかし、それも年に二三回でしかないという。
初めのうちは根を詰めていたのだが、半年を過ぎた今では、週に一度、今日のように授業のない火曜日だけ、こうして探偵まがいのことを繰り返している。この男は何者なのだという疑問が洋介を突き動かしていた。
受話器を握る小野寺の顔つきが一瞬変わった。柔和な顔に暗い影がさした。何か異変がおこったのか。瞬きして目を凝らすと、小野寺は笑って話を続けていた。電話が終ると、立ち上がって営業マンと何やら話し、トイレに消えた。
洋介はがっくりと肩をおとし、溜息をつく。人の出入りも怪しい所業もない。暫くして、営業マンが立ち上がり、ロッカーから背広をだして羽織り、爺さんに声を掛けて事務所を出てゆく。まだ4時前だから帰るには早い。
洋介はこの男をつけたことはない。捜査は閉塞状態が続いており、それを打開するために、何か新たな切り口が必要だった。この営業
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