暁 〜小説投稿サイト〜
シンクロニシティ10
第五章
[1/7]

[8]前話 [1] 最後 [2]次話
 捜査会議は沈痛な雰囲気の中で幕を下ろした。皆、ぞろぞろと出口に向う。榊原に声を掛ける者は一人もいない。相棒の原さえ、ぎょろ目を右往左往させ、榊原の傍らから少しでも距離を置こうとしている。
 榊原は平静を装い、原を振り返りざま、陽気に言葉を掛けようと思った。「まったく、課長の腰巾着が、偉そうにしやがって。屁でもこいていろってんだ、なあ、原。」と。
 しかし、原の落ち着きのない目の動きはそれを受けとめる余裕などなさそうだ。榊原は思い付いた強気の言葉を飲み込むと、顔を前へ戻した。そう、あんな場面の後、笑って済ませるほどの大物などいるはずもない。
 榊原は今日も報告を原に任せた。しかし、捜査会議の責任者はそれが気に入らなかったらしい。石川警部が立ち上がると声を張り上げ怒鳴った。
「おい、榊原、いったいお前のチームの責任者は誰なんだ。何でお前が報告しない。自分が本庁から来ているからって、偉そうにしやがって。そんな態度だから、いつまでたってもうだつが上がらないんだ。」
 石川警部は拳をテーブルに思いきり叩きつけた。ぴんと張り詰めた雰囲気のなか、ドンという鈍重な響きとしーんという静寂。石川警部は椅子に腰を落とすと憤然と天井を睨み付けた。皆の視線が榊原に集中し、そして一瞬にして散った。座は重苦しい沈黙に包まれた。
 さすがの榊原もどう反応してよいのか分からず、石川警部を見上げた。その瞬間、かっと血が沸き立った。頬から耳たぶの先まで熱くなり、形相が一変した。しかし、一瞬にして柔和な顔に切り換えた。興奮を押さえるように大きく長い息を吐いた。
 石川は捜査の行き詰まりに苛立っていた。それは誰もがひしひしと感じていた。相棒の原はいつものように何の成果がなかったことを報告しただけだ。それは原に限らず他のチームも同様だった。そんな閉塞状況に石川警部の苛立は頂点に達したのだ。
 その苛立ちが、榊原というエスケープゴードに向けられた。石川にとって榊原は大学の先輩ではあるが、階級社会において決して自分を超えることのない存在、自分を脅かすことのない存在だからこそ、それに相応しかった。
 しかし、それを言うなら最初から言うべきなのだ。榊原は、それが許されると思ったからこそ、相棒の原に報告を任せていたのだ。今更言われても、ハイそうですかと素直に交替出来る訳でもない。
 榊原は、自分の高ぶった心を必死に鎮めた。階級社会に生きて17年。憤りの処理を間違えれば、災厄が頭上に降りかかる。石川警部が言った通りうだつが上がらない理由がそこにあった。確かに、憤りに身を任せたために榊原は出世できないのである。
 榊原は長い溜息をついた。諦めと焦燥。同時に存在するのが不思議に思えるこの二つの感情が榊原の心に去来する。警部昇進試験の筆記をクリアーしても、人事考課で落とされ
[8]前話 [1] 最後 [2]次話


※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりをはさむしおりを挿む
しおりを解除しおりを解除

[7]小説案内ページ

[0]目次に戻る

TOPに戻る


暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ

2024 肥前のポチ