第五章
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激昂させた。
「表に出ろ、この野郎。東大法学部の空手部がどれほどの腕か見てやろうじゃないか。」
「馬鹿なことを言うな。有段者の拳は凶器だ。それに、私闘は固く禁じられている。」
榊原は駒田の胸倉をつかんで引き寄せ、同時に肘を思いきり回した。駒田の顔が恐怖で歪んだ。榊原は低く搾り出すような声で吼えた。
「いいか、俺は殴り合いの最中もちらちらとお前を見ていたんだ。お前は、この窓から首をだして俺達の格闘に見ていただけだ。無線機なんていじりもしなかった。ワシを処分するだと。やれるならやってみろ。お前が、仲間に加勢もせず、車の中でぶるぶる震えていたと、皆に言いふらしてやる。空手部の主将だとほざいていても、蚤の心臓だってな。」
駒田の目がウサギのように赤く染まった。
その日、署長室に呼ばれ絞られた。駒田が榊原の振舞いが傲慢で無礼だったと抗議したのだ。駒田は、どうやらその日起こったことには口を閉ざしているらしい。コワモテのキャリアという化けの皮が剥がれるのを恐れたのだ。
その駒田の恐れは杞憂には終わらなかった。何故なら、榊原が喋らなくても、現実をつぶさに目撃した有川巡査部長と志村巡査があちこちで喋りまわったからだ。駒田の話は、ノンキャリ警察官にとって、格好の酒の肴になっていたのである。
榊原も仲間と飲めば、そのことを聞かれた。ついつい酒が回って、その後に起こった駒田の言訳とふてぶてしい態度、胸倉をつかんだ時の情けない顔を面白おかしく話した。それが一人歩きし、榊原がキャリアを殴ったという話になっていったのだ。
これが原因で榊原の出世の芽は摘み取られたのである。それでも、諦めながらも昇進試験だけは受けた。女房の手前もあったからだ。それに、確実に実績を積めば上層部にも変化があると期待した。しかし、待てど暮らせど何の変化もなかったのだ。
あの時の激情がすべてを決定した。まさに若気の至りとしか言い様がない。とはいえ、僻地に飛ばされもせず、こうして本庁勤務でいられるのもやはりキャリアのお陰であるというのは何とも皮肉である。
捨てる神あれば拾う神ありとは正にこのことだろう。自分を信頼してくれている人間が二人ほど組織の中にいる。そのキャリアの顔を思い出すだけで、救われる思いがするのだが、今日という今日はそれさえ役に立ちそうにない。
石川警部が、皆の前で、榊原をあそこまで面罵出来たのは、何らかの確信があったからだ。俺がこれ以上出世出来ないと確信した。或いはもっと悪い情報を掴んだ可能性だってある。奴は、組織の意思をどこかで嗅ぎ付けたのだ。榊原は厭な予感に囚われた。
榊原は石神井駅前の焼き鳥やで自棄酒をあおっていた。ひとりきりだ。あの後、誰ひとり声を掛けてこなかった。原は「今日は早く帰るって、女房に約束していまして。
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