第四章
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ットを構えたまま、晴海に顔を向け聞いた。
「あいつ最後に何て言ってたんだ。」
晴美は思わず笑い出した。腹の底から笑った。洋介が怪訝そうに晴美の顔を覗き込む。晴海は可笑しくて可笑しくて笑いが止まらない。
「もう、バット、下ろしてもいいんじゃない。もう誰も襲って来ないよ。いつまでその格好しているつもり。バット振り上げたまま、何、考えているの。」
こう言ってまた笑い出した。
洋介は力を入れすぎて、体が、がちがちに固まっているのを意識した。次ぎの瞬間、急に力が抜けて、腰から崩れ落ち床に座り込んだ。晴美は笑いを堪えながら、言った。
「ノボルは、覚えておけって言ったんだと思うわ。」
晴美は、ふーと安堵の息を吐く洋介に抱き付いた。しばらくして、洋介が困惑顔で言った。
「おい、晴美、俺の指を解いてくれないか。バットを放そうにも、指が固まっちまって動かん。」
鏡に晴美のスリムな肢体が映っている。洋介は鏡の中のその横顔を見つめた。晴海は彼の胸で静かな寝息をたてている。いや、本当は眠ってなどいない。晴美が求めていたもの、静寂と安らぎがそこにある。
「お父さんに会ってどうだった。」
洋介が晴美の肩を抱きながら囁いた。晴海は厚い胸板に頬を押し付けて、こっくんこっくんという血流の音を聞いていた。晴美は少し考えて、ゆっくりと言葉を選んだ。
「不思議なんだけど、仁の記憶、つまり本当のお父さんの記憶は、恐ろしい顔から始まっているの。中野の家や仁のお友達の記憶はあるのに、仁のは鬼のような形相で睨んで、私を蹴った記憶しか残ってないの。」
洋介は押し黙ったまま、晴美の肩を引き寄せた。晴美は悲しみの原点を見詰めている。恐らくそれがトラウマになって少女の心を歪ませたのだろう。またぽつりと晴美が言った。
「ママに言わせると、蹴ったわけじゃないって、脚にしがみ付いた私を振り払っただけだって言ってた。確かに、今日も話してみて子供を足蹴にするような人じゃないてことは分かったけど…。」
晴美ははにかむように微笑んだ。
「それにママの方が誤解を受けるようなことをしたんだから。それに…」
晴美は言葉を飲み込んだ。かつて、落ちるところまで落ちてしまった自分がいた。そんな自分を正当化しようと、憎しみを自ら増殖させた。すべてが不幸な生い立ちのせいだと自分にいい訳するために。子供じみた過去の自分に溜息をつき話題を変えた。
「でも、もう、いいの、仁のことは。それより許せないのはパパよ。パパは妹が生まれて人が変わったわ。それまでは連れ子の私を可愛がってくれてたの。でも、小学6年の時、本当の子供が出来たら急に態度がおかしくなった。変わっちゃったのよ。」
洋介は神妙な顔で頷いた。
「そんなものなのかなあ。まだ子供持ったことないから分からないけど。
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