第三章
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さが作りあげた妄想に過ぎなかった。そんなもの、幸子の人となりを知っていれば一蹴できたはずだ。しかし、今さら後悔したところで始まらない。石田は素直な気持ちで言った。
「ママに謝っておいてくれないか。一方的に僕が悪かったって。」
「ええ、言っておくわ。こんな作り話を素直に信じたって。」
こう言って、晴美はけらけらと笑った。笑いながらも、どこか醒めた視線を投げかけている。石田が聞いた。
「ママは幸せか。」
「不幸のどん底。パパに三行半を突きつけて、離婚を迫っているわ。パパには女がいるのよ、きっと。でもパパは離婚を拒否しているの。」
「別居しているのか?」
「まあ、そういうこと。でも、ときどき何かにかこつけて家に来ることがある。ママは無視しているけど。あんな奴、家に上げなければいいのに。」
こう言うと、晴美は視線を窓の外に向けた。この話題にはもう触れられたくないらしい。石田も外を眺め、何とも言えぬ複雑な思いを噛み締めていた。
それから1時間ほど話した。晴美の興味は次々と湧き起こり、石田の今の生活や仕事のこと、晴海の母親とのこと、中野の家の出来事など、聞かれるままに語った。晴美は自分のアイデンティを探求するかのように石田の話に耳を傾けていた。
結局、石田ばかりが話をするはめになり、晴美の心の襞に触れることはなかった。ふと、晴美がしきりに時計を気にしているのに気付いた。どうやらお開きにしたいらしい。石田は最後に父親らしいことを言いたくなった。
「榊原に聞いたけど、シンナーやっていたって。」
「心配しないで、もう止めたから。あんなの子供がやるものよ。」
「そうか、よかった。お父さんも心配していたんだ。」
晴美が笑いながら言った。
「あっ、今、初めて、自分のことお父さんっていったわね、僕ではなく。」
「ああ、なかなか言えなかったけど、ようやく言えた。本当に心配なんだ。お、と、う、さ、ん、は。」
「でも、私、お父さんって言うの、何となく恥ずかしいわ。それより、仁って呼んでいい。ママがそう呼んでいた。だから私もそう呼ぶ。」
「ああ、いいよ。それより、ご飯食べて行こう。」
そう言って、伝票を取り上げレジに向ったが、後から声がした。
「今日、これからデートなの。」
石田がレジで清算していると、晴美はその後をすり抜け外に出た。扉から顔だけ出して石田に声を掛けた。
「仁、今日は有難う。会えて本当に良かった。また電話する。今度はゆっくりとお食事しよう。」
石田は振り向くと、晴美の微笑みに応えた。その顔がドアから消えたと思ったが、すぐにまた現れた。そして言った。
「奥さんとお子さん、見つけられるように祈ってる。」
石田は気の利いた台詞も思い付かぬまま、苦笑いするしかなかった。
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