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シンクロニシティ10
第二章
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な事態に直面したのは、結婚3年目のことだ。1通の封書が会社に送られてきた。そこに同封された衝撃的な写真が石田を狂わせた。そこには幸子が見知らぬ男と公園でキスをしている姿が映っていたのだ。
家に帰ると、石田は怒りに震える手で写真を幸子に突きつけた。言い訳など聞く気もなかった。石田が声を張り上げた。
「お前は、俺を裏切った。俺は絶対に許さない。晴海を叔母さんに預けてデートってわけか?ふざけるな。」
その後何を言ったのか覚えていない。あんなに興奮したのは妹の死以来だった。怒りが体を震わせていた。
 この時、晴美が夫婦の異変に気付き、駆けよってきた。自分が介入すれば全て解決すると心から信じて全力で抗議した。石田の脚にしがみ付き、「パパ、パパ。ママいじめちゃだめ」と石田を見上げ睨み付けたのだ」。
 しかし、幼子の思惑など大人の重い現実の前には無力以外のなにものでもない。その時、石田の怒りが頂点に達したのだから。石田は乱暴に脚を払って、晴美を転倒させた。晴美は生まれて初めて父親の暴力に晒され、火の点いたように泣き出した。
 あの時、心から愛した娘に、何故、あんな冷酷な仕打ちをしてしまったのか。石田は長い間後悔の念を抱き続けてきた。幸子の声が蘇る。
「何てことするの。この子には関係ないでしょう。」
石田の目には狂気が巣食っていた。嫉妬という狂気だ。
「本当にこの子は関係ないのか。その写真の男の子供じゃあないって誰が証明するんだ、えっ、俺の子供だってどう証明する?」 
幸子は目に涙を溢れさせながら何度も首を左右に振った。そして晴美を抱き上げ、無言のまま玄関に向った。石田が最後の罵声を浴びせた。
「ふざけるな。俺は騙されんぞ。」
幸子が真一文字に結んだ唇を動かし、何かを言おうとした。その瞬間、石田は、写真を幸子に投げ付けたのだ。幸子はシューズボックスに落ちた一枚の写真に目を落とし、下を向いたまま呟いた。「ごめんなさい。」と。

 あれから14年が経っている。榊原は言った。「晴美はお前にそっくりだ」と。やはり晴美は石田の子供だったのだ。あの時、石田は嫉妬に狂って、冷静さを失っていた。脚にまとわりつく晴美に一瞬抱いた憎しみは結局妄想に過ぎなかったことになる。
 何もかも、今となっては後の祭りである。幸子の話を聞く余裕さえなかった。いや違う。思い返してみれば始めから自暴自棄になっていた。幸子の言い訳など最初から聞く耳を持たなかった。自分にばかり襲いかかる災厄に対する深い憤りがまずそこにあった。
 妹の無念の死、両親の事故、妻の浮気、全てが運命の神によってもたらされたと感じた。運命の神は石田を憎んでいる。それを確信した瞬間だった。その暗い情念が一挙に吹き出したのだ。幸子はそんな石田の理不尽な思いの犠牲者だったのかもしれない。
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