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シンクロニシティ10
第二章
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  男はプラットホームの端に立ち、ネクタイを緩めながら電車の巻き起こす風を体全体で受けとめた。手の甲で額の汗を拭い、つかのまの涼しさを味わうように目を閉じている。電車が減速するに従い風は次第に弱まり、とうとう熱気が男の周辺に漂いはじめた。
 山の手線の電車は軋みをあげて停止したのだが、男が一歩足を踏み出そうとした矢先、車両はゆっくりと後戻りを始めた。男は再び目を閉じ、大きな吐息を漏らした。電車がようやく停止し、扉が開かれた。
 ふと、時計をみると約束の7時を3分ほど過ぎていた。電車は動き始めたばかりで、有楽町まで2分、駅から目的地まで歩いて10分、おおよそ15分の遅れとなる。
「まあ、いいか。」
男は静かに呟くと、移り行く夜景を背景にうっすらと浮かび上がる自分の顔を見詰めた。やつれ果て、精気が失われている。せっかくの二枚目がだいなしだな。自分の影がそう言ってせせら笑った。
 
 石田仁は螺旋階段を駆け下り、ドアのガラス窓から中を窺がった。思い描いていた通り、20年来の友人である榊原成人はグラスを傾け、刺すような視線を前方に投げかけている。石田は榊原の野武士のようなその風貌が好きだ。
 榊原と初めて顔を合わせたのは、大学の日本拳法部の部室だった。石田はその日、大学キャンパスで行われたデモンストレーションを見て、日本拳法にすっかり魅了された。剣道のような面と胴を付け、手にはボクシンググローブという奇妙な出で立ちだ。
 突然その奇妙な格好の二人が、これまで見たこともない壮絶な果し合いに入った。その迫力と気迫、ぶつかり合う体と体、拳が空を切り互いの面を襲う。瞬時に蹴りが飛びバシッという音とともに一人が倒れた。
練習の始まる夕方、部室に行くと、一足先に来ていた榊原と出くわした。いかにも田舎から出てきましたと言わんばかりの服装だったが、それに臆することもなく、名前を名乗ると大きな手を差し伸べた。
 広島出身で1浪、学部は違うが同じく新人だと言う。石田はこの戦国時代から蘇ったような男、榊原を一目で気に入った。

石田はドアを開けるなり、頭を掻きながら榊原に声を掛けた。
「申し訳ない。新幹線が30分時間も遅れてしまって。」
榊原はゆっくりと顔を石田に向け、太目の眉を片方だけ上げて答えた。
「30分や1時間の遅刻なんて、どうってことない。待つことはワシの仕事みたいなもんだ。それに、これがあるだけでも在り難い。」
と言うと軽くグラスを持ち上げた。東京弁がすっかり身に付いたようだが、「ワシ」だけは変わらない。榊原は警視庁捜査第一課の刑事である。代代警察官の家系で、キャリアがいないというのが自慢だった。
 榊原はウイスキーを飲み干すと、ちらりと旧友の横顔を盗み見た。熱い感覚が食道を降りてゆき後頭部に心地よいが浮遊感が
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