第八章 望郷の小夜曲
第三話 凍える湖
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「……わか……り……ません」
ポツリポツリと途切れ途切れに応えるアンリエッタに顔を向けず、マザリーニは戦死者の名前が書かれている紙の上を撫でる。
「陛下のため、国のため……それも有りましょう。しかし、彼らが真に想っていたものは、親であり、子であり、恋人……身近なものです。そして陛下」
マザリーニの硬い視線が、アンリエッタを貫く。
「―――それらが集まったものが、国なのです」
「……っ……」
先ほどとは違う、マザリーニの余りにも強い視線と口調に、アンリエッタは呼吸困難になったかのように口元がパクパクと動く。
マザリーニは、そんなアンリエッタに構うことなく言葉を続ける。
「そして……その国を守る者が、女王たるあなたです」
断言するように、キッパリと言い切ったマザリーニの言葉を受けたアンリエッタは、暫くの間、沈黙を保っていたが、やがて小さく呟くように口を開き始めた。
「………………あなたは……どうしろと言うのですか? あなたでしたら気付いていた筈でしょう……こたびの戦は、わたくしの復讐から始まったものだと。あなたは戦争が始まるのは時間の問題であったと言いましたが、起こらない可能性もまたあった筈です。起こったとしても、もしかしたらずっと先のことで、この戦で、死ぬ筈のない人が死んだかもしれません」
アンリエッタの指が、戦死者の名前の一つをなぞる。
「復讐に目を眩ませ、皆を死に追いやったこのわたくしに……一体どうしろと……責任を負い、死ねばよろしいのでしょうか」
「それが何になりましょうか」
何処かそれに期待するかのような口調で言葉を口にするアンリエッタに、マザリーニの冷たく冷静な声が向けられる。
「陛下が死んでも、何の解決にもなりません。死んで楽になろうだなことは、決して許されはしません。王となることを陛下が決断された時から、陛下は逃げることは許されなくなったのです。罪の意識に苛まれ、眠れぬ日々が続こうとも、死んだ者達の縁者から罵倒されようとも、陛下は罪を抱えたまま、生き続けなければならないのです。生き続け、死んでいった彼らが守ろうとした家族を、国を守っていかなければならないのです」
「……わたくしには……死ぬことさえ……許されないのですか」
戦死者の名が記された、紙の上に置いた左手の薬指に嵌められた指輪を見つめながら、アンリエッタは平坦な声音で呟く。
「王になど……ならなければよかった」
「後悔しても、もう戻ることは出来ません」
戦死者名簿に目を落としたまま、微動だにしないアンリエッタに小さく頭を下げたマザリーニが、静かに執務室から出て行く。
一人残ったアンリエッタは、マザリーニが出て行く前からの姿勢を、暫くの間続けて
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