第八章 望郷の小夜曲
第三話 凍える湖
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けず、ぼうっ、とした視線で虚空を見つめながら声だけで返事をするアンリエッタの様子に、マザリーニは微かに眉を顰めると、マザリーニは手に持った紙の束を見下ろし小さく溜め息を吐く。
生返事を繰り返すだけのアンリエッタに、眉を顰めながらも近づいたマザリーニは、椅子に座るアンリエッタの前のテーブルの上に、バサリと音を立てて紙の束を放り投げた。アンリエッタは、ぼうっ、とした視線でテーブルの上に放り投げられた紙の束を見下ろし疑問の声を上げる。
「…………これは?」
「陛下が目を通す必要がある書類です」
顔を向けずポツリと呟いたアンリエッタに、マザリーニが短く答えを返す。
「そう……後で目を通しておきます」
「いえ、出来れば今、目を通して頂きたい」
「……急を要するものならば、あなたにお任せします……今は……出来れ―――」
「今―――ッ、御目を通して頂きたい」
「…………」
何もやる気が起きないアンリエッタにとって、書類に目を通すことさえ難しいものであった。そのため、マザリーニが提出した書類を確認することなく、アンリエッタは小さく首を振るだけだった。そんなアンリエッタの様子に、マザリーニは紙の束から一枚の紙を掴み取ると、無理矢理アンリエッタの顔に突きつけた。
アンリエッタは目を細めながら、突きつけられた紙を掴むと、それを星明かりで照らし、目を顰めて見てみる。
「……名前?」
アンリエッタの呟きの通り、闇に浮かぶ紙の上には、ぎっしりと名前が書かれていた。
一体何の書類なのか分からず、アンリエッタが横に立つマザリーニを見上げる。マザリーニは一度目を閉じると、ゆっくりと目を開きながら、見上げてくるアンリエッタに対し、優しげに聞こえそうな程穏やかな声色で答えた。
「こたびの戦争での、戦死者名簿でございます」
「―――ぇ?」
パサリ、と乾いた音が聞こえた。
アンリエッタの身体が、不安げに揺れる瞳が、凍ったように固まる。
テーブルに落ちた紙を見ることなく、アンリエッタは静かな瞳で見下ろしてくるマザリーニを見上げている。
「せん、ししゃ?」
「その通りです。貴族だけでなく、貴賎を問わず、分かる限り此度の戦争で死んだ者の名が記しております」
「―――わた、くし、の……せい……なのですか」
「……違う……と言って欲しいのですか」
息を吹きかけるだけで、崩れ落ちそうな様子のアンリエッタに、マザリーニは変わらない静かな瞳で応えた。
「全てがそうとは言いません。アルビオンとの戦争は時間の問題であり、陛下はそれを少し早めただけにすぎません」
マザリーニは、視線をアンリエッタからテーブルの上に散らばる紙の束に移す。
「彼らが何のため死んでいったのか、陛下にはわかりますか」
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