第八章 望郷の小夜曲
第三話 凍える湖
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…何もない……憎い敵が消えたことによる喜びも、開放感も……何もない。
前に進むために始めた戦争なのに、憎い敵が滅び、視界を覆う闇が消えた先には、進むべき道も消えていた。
これは、憎い敵を自らの手で滅ぼしていないからなのか?
それとも、未だ憎い敵が死んだことに実感が持てないだけなのか?
……違う……そうじゃない……そういうことじゃ―――ない………わたくしはただ…………
「―――ただ……縋っていただけ」
そう、縋っていたのだ……崩れ落ちそうな心を、ウェールズ様を殺し、その死さえ弄んだ貴族派を憎むことで保っていたのだ。
クロムウェルが、貴族派が生きていた頃は、その憎しみの大きさが邪魔をし、その事実に考えが至ることはなかった。
それが、憎しみを向けながらも縋っていた対象が消えたことから、縋るものがなくなった心が崩れ始める中、憎しみにより辿り着くことが出来なかった答えに辿り着いてしまった。
虚空を見つめるアンリエッタの頬に、不意に細い銀線がスゥッ、と流れる。
アンリエッタは、迷子の子供のような、不安に揺れる瞳で闇を見上げながら、震える声を漏らす。
「一体わたくしは……これから……どうすれば」
アンリエッタの視線が、左手の薬指に嵌められた指輪。ウェールズ王子の形見である『風のルビー』に向けられる。指輪は、窓から差し込むか細い星明りに微かな輝きを見せていた。
左手に顔を寄せ、縋るように指輪に頬を摺り寄せる。
静まり返った執務室の中に、くぐもった声が響き始めた頃、執務室の扉が鳴った。
のろのろと指輪から顔を離したアンリエッタだったが、扉の向こうにいる者に声を掛けることはしなかった。ノックの音が再度響く、しかし、アンリエッタは返事はしない。
三度目のノック後、扉が開く。
扉の向こうから、細い人影。
枢機卿のマザリーニが入ってきた。
アンリエッタは、マザリーニが入ってきたことに気付いたが、視線を向けるだけで、声を掛けることはなかった。
「準備の方は進みましたかな」
閉じた扉を背に立つマザリーニが、窓から差し込む月の明りに微かに浮かび上がるアンリエッタに声をかける。そこで、初めてアンリエッタが返事を返した。
「……ええ」
「未だガリアの意図は読むことは出来ません。しかし、この会議に出席しないというのは有り得ません。分かっておられましょうが、我が国はこの戦争で国庫にかなりの損害を受けています。ですので、少しでも有利な条件を……聞いておられますか」
「…………ええ」
「ふむ……なら良いのですが、とにかく、会議で出来るだけ有利な条件を得てください」
「………………ええ」
「…………」
話しかけてくるマザリーニに顔を向
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