間幕:Ir de tapas (軽食屋巡り)
Diolch i'r byd / 世界に感謝を
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料理店である"アトリエ・ガストロノミー"の朝は早い。
夜の残滓が太陽の光に貫かれ、東に聳える山が灰色の体に金色の縁取りを纏う頃、すでにその店には煌々と灯りが灯っていた。
その厨房の隙間からは、肉、野菜、ゆでられた水産物、そしてミルクの濃厚な香りが周囲へと広がり、夜にまどろんでいた小動物たちを夢から引き摺り上げる。
やがて日の光が完全に地平から顔を出した頃、竈から立ち上る濛々たる湯気と油の煙を細く突き刺すように、甲高い声が少女の唇から放たれた。
「……キシリアさん、蟹入り伊達巻焼けました」
「うん、いい焼き色だね。 味見はしないから、あとは自分で判断するといいよ」
弟子の作品をチラリと見ると、師匠であるキシリアは自分の料理にすぐに向き直る。
関心がないのではない。
それだけ時間に余裕がないのだ。
料理と言うものは生き物である。
そこに無駄な時間と言うものは一秒たりとも存在していない。
目だけでなく匂いの調和に心を砕き、焼き具合で変わる僅かな音の違いに耳を傾け、料理という一つの"律"を作り上げる……などというと少し大げさすぎるだろうか?
だが、キシリアがかつて求めていた、そして今も求めているのはそんな世界だ。
「あと、声をかけるときは腹から声を出しなさい。 気合を入れないと美味しい料理はできないし、声が出ないと気合は入らない。 はい、言われたらすぐに実行!」
伊達巻の焼き具合は文句なしによいのだが、いかんせん作り手はモヤシのようにしなびた雰囲気を纏っている。
いくら卵がおいしそうな匂いを漂わせていても魅力が半減だ。
料理とは作り手の鏡のようなものであり、苛立って作ったときはなぜか苛立った味にしかならないし、落ち込んだままで作った料理は全て陰気な味になってしまう。
まるで、作り手の"気"が料理にしみこむように。
まぁ、それ以外の要因もあって彼女はおそらく伊達巻の作成に失敗するだろう……だが、その問題点をキシリアは告げない。
何も目先の成功に導くだけが指導ではないのだから。
時には失敗を経験し、そこから何が原因だったのかを自分で考える癖をつけないと、本当の壁にぶつかったときにそれを乗り越える力を失ってしまう。
教育とはただ優しいだけでは成り立たず、ましてや職人を作る事とは、そして技を伝えるという事は、知識をそのままコピーする事と等しくはない。
それは道とならんとすることであり、道標であらんとすること。
少なくともキシリアはそう考えていた。
「……善処します」
力なく答えた少女――カリーナは、案の定焼きあがってからの巻きに失敗し、切り口は綺麗な"の"の字にならなかった。
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